判旨
同時履行の関係にある双務契約において、債務の履行場所について明黙の合意が認められる場合、その場所において履行の提供をなさなければ、相手方を履行遅滞に陥らせることはできない。
問題の所在(論点)
双務契約(売買契約)における同時履行の抗弁権(民法533条)および履行の提供(同493条)に関連し、履行場所の合意がある場合に、適切な履行の提供がなされたといえるか、また、不誠実な態度をとる当事者の証拠能力・証拠力の評価が問題となった。
規範
双務契約の当事者間で履行場所について暗黙の合意が成立している場合、債権者がその指定された場所(あるいは特約に基づく補完的な場所)において履行の提供、または受領の準備を完了し、相手方に通知しない限り、相手方の債務不履行を問うことはできない。また、当事者の一方が不誠実な提案を行い、本来の履行義務を免れようとする「破綻状態」にある場合には、その者が作成した証拠の証拠力は否定され得る。
重要事実
上告人(売主)と被上告人(買主)は、山林の売買契約を締結し、売買残代金180万円を山林の所有権移転登記と引換えに支払う約定を交わした。履行場所については、岐阜地方法務局下呂出張所、または当事者の一方が司法書士宅を指定通知したときは当該司法書士宅とする旨の暗黙の合意があった。しかし、売主である上告人は、登記を移転することなく残代金全部を受領したいという不誠実な提案を繰り返し、解決を遅らせていた。その後、上告人は自身の主張を裏付ける書面(乙第5、7号証の2)を提出したが、原審はこれを排斥した。
あてはめ
本件では、履行場所について「法務局出張所または指定された司法書士宅」という暗黙の合意が認められる。上告人は売主としての誠実義務を欠き、所有権移転登記という自己の義務を履行せずに残代金を要求するなど、履行遅滞の状態を自ら招いていた。このような「破綻状態」において、上告人が提出した文書は、自己の義務を回避しようとする文脈で作成されたものと解される。したがって、適法な履行の提供があったとは認められず、原審が上告人の提出した書証の証拠力を否定した判断は、経験則に照らし正当である。
結論
上告人の不誠実な対応により適法な履行の提供がなされたとは認められず、原審の事実認定および証拠排斥に違法はないとして、上告を棄却する。
実務上の射程
契約上の履行場所について「暗黙の合意」を認める実務上の判断枠組みを示すとともに、同時履行の関係にある債務において、一方が不誠実な提案を繰り返すことが証拠の信用性評価(証拠力)に直結することを示唆している。答案上は、履行の提供の有無を具体的事実から検討する際の評価要素として活用できる。
事件番号: 昭和38(オ)1017 / 裁判年月日: 昭和40年2月2日 / 結論: 棄却
双務契約において、相手方が債務の履行を提供しても他の一方が債務を履行しないことが明確な場合には、相手方が債務の履行を提供しなくても、他の一方は、その債務不履行の責を免れない。