借用証が借主の手許にある事実をもつて債務完済を立証する趣旨が明白な事案において右証拠価値の有無について十分納得のいく理由説示なく右完済を認めるに足る適確な証拠がないとした点に審理不尽理由不備があるとされた事例。
判旨
借用証(乙一号証)が債権者ではなく債務者の占有下にある事実は、特段の事情がない限り弁済の事実を強く推認させる。裁判所がこの事実を看過して弁済を否定した場合は、理由不備または審理不尽の違法を免れない。
問題の所在(論点)
債務証書(借用証)が債務者の占有下にあるという事実が、民法上の弁済の事実(債務消滅)の認定においてどのような法的意義を有するか、および、裁判所がこの事実を無視して弁済を否定することの適否。
規範
金銭消費貸借契約における借用証書等の債務証書は、通常、完済時に債権者から債務者へ返還されるのが取引慣行である。したがって、債務証書が債務者の手許にある事実は、特段の事情がない限り債務が完済されたことを推認させる有力な間接事実となる。裁判所がこの事実を排斥して弁済を否定するには、証拠価値の有無について納得のいく具体的な理由説示を要する。
重要事実
上告人(被告・債務者)A2は、被上告人(原告・債権者)に対し、本件債務30万円について完済の抗弁を主張した。その立証のため、A2は本来貸主である被上告人が所持しているはずの借用証(乙一号証)を自身が占有している事実を援用し、他にも完済をうかがわせる証拠を提出した。しかし、原審はこれらの事実について明確な判断を示すことなく、漫然と「完済を認めるに足りる適確な証拠がない」としてA2の抗弁を排斥した。
あてはめ
本件において、30万円の借用証(乙一号証)が債務者であるA2の手中にある事実に争いはない。この事実は取引通念上、弁済の完了を強く推認させるものである。また、完済をうかがわせる他の証拠も存在する状況下では、裁判所は乙一号証の証拠価値の有無について十分納得のいく理由を説示すべき義務がある。それにもかかわらず、原審が何ら具体的な判断を示さず弁済を否定したことは、判決に影響を及ぼすべき審理不尽ないし理由不備があるといわざるを得ない。
結論
原判決のうちA2の敗訴部分を破棄し、福岡高等裁判所に差し戻す。債務証書の占有事実は弁済を推認させる有力な証拠であり、これを軽視した原審の判断は違法である。
実務上の射程
司法試験の実務基礎科目(民事)や民事訴訟法における事実認定の問題で重要となる。弁済の事実(主要事実)を推認させる有力な間接事実として「債務証書の返還」を論じる際の根拠となる判例である。答案上は、この間接事実の存在から弁済の事実を認定し、反対事実(紛失や強奪等)がない限り弁済を肯定する構成をとる際に引用する。
事件番号: 昭和36(オ)381 / 裁判年月日: 昭和38年12月19日 / 結論: 棄却
書証の信ぴよう性を否定する場合に、その作成者を尋問しその他特別の証拠調を必要とするものではない。