判旨
賃貸借契約の解約申入れは要式行為ではなく、契約存続を欲しない意思が客観的に表示されていれば足り、更新拒絶の意思表示に解約申入れの意思が包含されていると解することも妨げられない。また、正当事由の判断において賃借人の困窮等の事情を考慮した上でなお明渡しを認めることが可能であり、正当事由が認められる場合には権利濫用の主張は排斥されたものと解される。
問題の所在(論点)
1. 賃貸借の更新拒絶の意思表示に、期間の定めのない賃貸借における「解約申入れ」の意思表示が含まれるか。2. 借主側の営業上の不利益を考慮してもなお「正当事由」が認められるか。3. 正当事由が認められる場合に、別途権利濫用の成否を判示する必要があるか。
規範
1. 賃貸借契約の解約申入れ(民法617条1項、借地借家法27条1項)は要式行為ではなく、契約を存続させないという意思が外部に表示されていれば足りる。2. 正当事由(借地借家法28条)の有無は、貸主・借主双方の諸事情を比較衡量して判断する。3. 正当事由が肯定される場合、特段の事情がない限り、解約申入れが権利濫用(民法1条3項)に当たることはない。
重要事実
賃貸人(被上告人)は、期間の定めのない建物賃貸借について、更新拒絶及び明渡しを求める内容証明郵便を送付した。賃借人(上告人)は、兄から賃借権を引き継ぎ雑貨商を営んでいたが、賃貸人側には、亡夫が教職を退いた後は本件建物を自ら使用するという当初からの予定があった。賃借人は、営業が軌道に乗り始めた時期での退去は困窮を招くと主張し、解約申入れの有効性および正当事由を争った。
あてはめ
1. 解約申入れは要式行為ではない。本件内容証明郵便は更新拒絶を内容とするが、期間の定めのない契約において存続を欲しない意思を明らかにした以上、解約申入れの意思を包含すると解するのが相当である。2. 賃借人が営業上の困窮に直面することは認められるが、当初から一時的な賃借である事情を認識していたこと、兄のもとに復帰して再起を図る余地があることを考慮すれば、正当事由は認められる。3. 正当事由があると判断される以上、その判断過程において賃借人の不利益も考慮されており、解約申入れを権利濫用と解することはできない。
結論
解約申入れは有効であり、正当事由も認められるため、賃貸借契約は終了している。したがって、建物明渡請求は認容される。
実務上の射程
意思表示の解釈において、表示された文言(更新拒絶)に拘泥せず、真意(解約申入れ)を汲み取る柔軟な認定を示した点に実務上の意義がある。また、司法試験の答案上、正当事由を論じる際に賃借人側の困窮事実を拾いつつも、賃借の経緯(暫定的な合意等)や代替手段の有無で反対利益を上回る論法は、借地借家法の論証として標準的かつ有用である。
事件番号: 昭和31(オ)334 / 裁判年月日: 昭和32年2月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】建物の賃貸借において、賃貸人が解約の申入れをする際に必要とされる正当事由(旧借家法1条の2)の有無は、諸般の事情を総合的に考慮して判断される。 第1 事案の概要:上告人(賃借人)と被上告人(賃貸人)との間の建物賃貸借契約において、被上告人が解約の申入れを行った。上告人は、当該解約申入れには正当事由…