判旨
民法110条の表見代理が成立するためには、本人が相手方に対し、基本代理権を授与したという事実が認められる必要がある。本人が代理権を全く授与しておらず、印章も無断で使用された場合には、同条の適用の余地はない。
問題の所在(論点)
本人が第三者(本件では母)に対して一切の代理権を与えていない場合に、民法110条の表見代理規定を適用し、本人の責任を問うことができるか。具体的には、基本代理権の欠如が表見代理の成否にどう影響するか。
規範
民法110条が適用されるためには、代理人が本人から一定の範囲の代理権(基本代理権)を授与されていることを要する。本人が全く代理権を授与していない場合や、印章が本人の意思に基づかずに使用された場合には、同条の表見代理は成立しない。
重要事実
被上告人の母Dが、被上告人の不在中にその印章を無断で使用し、借財およびこれに関連する処分行為を行った。被上告人は成人後、不在中であっても母Dに対して一切の代理権を授与した事実はなく、問題となった印章も、当該借財や処分行為のために被上告人から母Dに交付されたものではなかった。
あてはめ
本件では、被上告人が成年に達した後、母Dに対して全く代理権を授与していなかったという事実が確定している。また、Dが使用した印章は被上告人の不知の間に持ち出されたものであり、処分行為のために交付されたものではない。したがって、民法110条の前提となる基本代理権の存在が認められないため、相手方が代理権があると信じたとしても、同条を適用して本人に効果を帰属させることはできないと解される。
結論
被上告人は母Dに対し一切の代理権を授与しておらず、印章も無断使用されたものである以上、民法110条適用の余地はなく、被上告人は責任を負わない。
実務上の射程
事件番号: 昭和30(オ)353 / 裁判年月日: 昭和32年10月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】表見代理の成立要件である「正当な理由」(民法110条)の有無は、相手方が無権代理人に代理権があると信じるにつき過失がなかったか否かによって判断される。基本代理権が存在する場合であっても、印章の盗用や書類の無断持ち出し等の事情がある状況下で、相手方が代理権の存在を信じたことに過失があるときは、正当な…
民法110条の成立要件として「基本代理権」の存在が不可欠であることを確認する基本判例。事案が親族間(母子)であっても、本人による代理権授与の事実がない限り、表見代理を認めることは困難である。答案上は、基本代理権の有無を認定する際の否定例として活用できる。
事件番号: 昭和34(オ)884 / 裁判年月日: 昭和35年6月2日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理が成立するためには、相手方が代理権があると信ずべき正当な理由があるだけでなく、本人から何らかの権限(基本代理権)を授与されていることが必要である。また、民法103条に基づき当然に基本代理権が認められることはない。 第1 事案の概要:上告人は、行為者Dに管理権限があるものと信じ…
事件番号: 昭和30(オ)524 / 裁判年月日: 昭和32年2月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】夫婦の一方が他方の代理人としてした法律行為について、民法110条の表見代理が成立するためには、相手方において当該行為が日常家事の範囲内に属すると信ずべき正当な理由があることが必要である。 第1 事案の概要:被上告人(妻)とD(夫)は、昭和28年5月から別居し、同年11月には婚姻関係を解消した。Dは…
事件番号: 昭和30(オ)609 / 裁判年月日: 昭和34年12月18日 / 結論: 棄却
民法第一一〇条の適用は、何らかの代理権ある者がその権限を踰越してなした行為について論ぜられるべきもので、全然代理権のない者のなした行為には同条の適用はない。