判旨
夫婦の一方が他方の代理人としてした法律行為について、民法110条の表見代理が成立するためには、相手方において当該行為が日常家事の範囲内に属すると信ずべき正当な理由があることが必要である。
問題の所在(論点)
夫婦の一方が日常家事の範囲を超えて行った無権代理行為について、民法110条の表見代理が成立するか。また、その判断基準はいかにあるべきか。
規範
民法761条は、夫婦が相互に日常の家事に関して代理権を有することを規定している。したがって、日常家事の範囲を超える法律行為についても、その行為が当該夫婦の日常の家事の範囲内であると信ずるにつき正当な理由(110条の趣旨)がある場合に限り、同条を類推適用して表見代理の成立を認めるべきである。
重要事実
被上告人(妻)とD(夫)は、昭和28年5月から別居し、同年11月には婚姻関係を解消した。Dは別居中、被上告人との不和の間に、妻の印章・署名を偽造し、これを用いて本件土地を売渡担保として上告人(相手方)から30万円を借り受け、登記を了した。この際、Dが使用した印鑑、印鑑証明、委任状はすべてDによる偽造であった。上告人は、Dが夫として家事一切を担当していたことを理由に、110条の表見代理を主張した。
あてはめ
本件において、Dは被上告人と別居中で婚姻関係も解消に向かっており、夫婦の実態が失われつつあった。また、Dが提出した書類一式(印章、印鑑証明、委任状)はすべて偽造されたものであった。このような事実関係の下では、上告人がDに本件売渡担保契約締結等の代理権があると信ずべき「正当な理由」があったとは到底いえない。単に夫が家事一切を担当していたという主張だけでは、110条の抗弁を認めるに足りない。
結論
上告人には正当な理由が認められず、民法110条の表見代理は成立しない。したがって、Dによる無権代理行為の効果は被上告人に帰属しない。
事件番号: 昭和33(オ)800 / 裁判年月日: 昭和35年2月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】他人に信用を得させる目的で、単に見せるためだけに登記権利書と印鑑を貸与したに過ぎない場合、何ら代理権を授与したものとは認められず、表見代理の成立も否定される。 第1 事案の概要:被上告人は、訴外Dから「E株式会社に対する信用を得るために、単に同会社に見せるだけ」という目的で、本件土地の登記権利書と…
実務上の射程
夫婦間の無権代理に110条を直接適用せず、761条を基本代理権として110条を類推適用する構成をとる際のリーディングケースである。答案上は、相手方が「日常家事の範囲内である」と信じたことについての正当理由を要求する点に注意が必要である(判決文からは明示的ではないが、後の最判昭44.12.18でこの基準が確定される)。
事件番号: 昭和33(オ)251 / 裁判年月日: 昭和36年1月17日 / 結論: 棄却
病身の夫が家族との不和と療養の関係からさして遠方でない土地に別居中、妻が無断で夫の印章を偽造し、夫の代理名義で夫所有の土地家屋を代金三一〇万円で売却した場合、交渉の行われた場所が当該の家屋であり、家族の収入は妻名義でなす貸間収入で賄われており、成人した子供達が交渉の際同席する等、一応妻に代理権があると信じさせるような事…
事件番号: 昭和32(オ)723 / 裁判年月日: 昭和34年11月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理における「正当な理由」の存否は、代理人の年齢や家族関係、取引相手との距離等の具体的事情を総合考慮して判断される。本件では、80歳の父が子の代理人として振る舞った際、相手方が近隣居住者であっても直ちに過失があるとはいえず、代理権があると信じるに足りる正当な理由が認められた。 第…
事件番号: 昭和30(オ)962 / 裁判年月日: 昭和32年11月14日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理が成立するためには、行為当時に基本代理権が存在していることが必要であり、基本代理権を全く有しない者が行った純然たる無権代理行為について同条を適用または類推適用することはできない。 第1 事案の概要:上告人(買主)は、被上告人の代理人と称する訴外Dから本件土地・家屋を買い受けた…
事件番号: 昭和31(オ)1104 / 裁判年月日: 昭和32年11月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理が成立するためには、本人が相手方に対し、基本代理権を授与したという事実が認められる必要がある。本人が代理権を全く授与しておらず、印章も無断で使用された場合には、同条の適用の余地はない。 第1 事案の概要:被上告人の母Dが、被上告人の不在中にその印章を無断で使用し、借財およびこ…