判旨
民法110条の表見代理が成立するためには、相手方が代理権があると信ずべき正当な理由があるだけでなく、本人から何らかの権限(基本代理権)を授与されていることが必要である。また、民法103条に基づき当然に基本代理権が認められることはない。
問題の所在(論点)
基本代理権が全く存在しない場合であっても、相手方が「管理権限がある」と信ずるに足りる事由があれば、民法110条の表見代理が成立するか。また、民法103条を根拠に基本代理権の存在を認めることができるか。
規範
民法110条(権限外の行為の表見代理)が適用されるためには、行為者に何らかの代理権(基本代理権)が存在することが前提となる。また、同法103条(権限の定めのない代理人の権限)は、何らかの代理権を既に有する者についてその範囲を画定する規定であり、同条に基づいて無権限者に当然に基本代理権が発生すると解することはできない。
重要事実
上告人は、行為者Dに管理権限があるものと信じて取引を行ったが、原審によればDにはいかなる代理権も、いわゆる基本代理権も存在しなかった。上告人は、Dに管理権能があると信ずるに足りる事由があったことをもって、民法110条の適用、あるいは同法103条に基づく基本代理権の存在を主張して、被上告人からの明渡請求に対抗した。
あてはめ
本件において、行為者Dにはいかなる代理権(基本代理権)も認められない。民法110条は「代理人がその権限外の行為をした」場合を規定しており、基礎となる代理権が欠如する場合には適用されない。また、民法103条は代理権の範囲が不明な場合の補充規定に過ぎず、代理権の存在そのものを創設する根拠とはなり得ない。したがって、上告人がDに権限があると信じたとしても、表見代理は成立しない。
結論
民法110条の表見代理は成立せず、被上告人の明渡請求を権利濫用とすることもできないため、上告人の主張は認められない。
実務上の射程
表見代理の成立要件として「基本代理権の存在」が不可欠であることを確認した事例である。司法試験においては、事案で本人からの何らかの委任(公法上の事務等を含む)があるかをまず検討し、それが欠ける場合には110条の検討を排斥する、あるいは110条の類推適用の可否(本人の帰責性)へと論点を移行させる判断材料として用いる。
事件番号: 昭和40(オ)488 / 裁判年月日: 昭和44年6月24日 / 結論: 棄却
一、民法一一〇条にいう「正当ノ理由ヲ有セシトキ」とは、無権代理行為がされた当時存した諸般の事情を客観的に観察して、通常人において右行為が代理権に基づいてされたと信ずることについて過失がないといえる場合をいう。 二、甲から家屋を賃借した乙が、甲の代理人として右家屋の賃料の取立および受領の権限を有するにすぎない丁の承諾を得…
事件番号: 昭和31(オ)1104 / 裁判年月日: 昭和32年11月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理が成立するためには、本人が相手方に対し、基本代理権を授与したという事実が認められる必要がある。本人が代理権を全く授与しておらず、印章も無断で使用された場合には、同条の適用の余地はない。 第1 事案の概要:被上告人の母Dが、被上告人の不在中にその印章を無断で使用し、借財およびこ…