判示の事情のもとで無権代理につき相手方が悪意であつたとの事実を認定するのは経験則に違反する。
事実認定に経験則違反があるとされた事例。
民訴法185条,民訴法374条
判旨
賃借権の譲受人が借家管理人に対し、賃借権譲渡につき家主が承諾しているか否かを確認した事実は、直ちに管理人の無権限を知っていたと推認させるものではなく、むしろ権限があると信じた上で念押しをしたものと解するのが相当である。
問題の所在(論点)
賃借権譲渡の承諾権限を欠く借家管理人が行った承諾について、譲受人に民法110条の「正当な理由」が認められるか。特に、譲受人が管理人に権限の有無を確認した事実を、無権限の認識(悪意)を推認させる材料として用いることができるか。
規範
民法110条の表見代理の成立要件である「正当な理由」の有無については、相手方が代理人の権限の有無を疑い、あるいはその不存在を知り得たといえる客観的事情に基づき判断すべきである。管理人に譲渡承諾の権限がないのが通例であっても、具体的な言動や状況から権限を信じるに足りる事情があれば、直ちに悪意や過失を認定することはできない。
重要事実
上告人(賃借権の譲受人)は、前賃借人から借家管理人Eを紹介された。上告人はEに対し、賃借権の譲渡について家主の承諾があるかを確認したところ、Eから「予め家主の承諾を得ている」との説明を受けた。これに対し、原審は「管理人に譲渡承諾権限がないのは通例である」とし、上告人が質問をしたこと自体、管理人の無権限を認識していた証左であると認定して表見代理の成立を否定した。
あてはめ
上告人がEに対し、家主が承諾しているかを問い正したのは、管理人に承諾権限があると信じていたからこそ、念のためにその権限行使の前提条件(家主の意向)を確認したものと解するのが経験則上妥当である。Eが「既に承諾を得ている」と明言している以上、上告人はEが代理権を有するものと信じたとみるのが相当であり、単に管理人の権限が一般に制限されているという通例のみをもって、直ちに譲受人が無権限を知っていたと断定することはできない。
結論
原判決には経験則の適用を誤った違法がある。譲受人が代理権があると信じたか、及びそう信じるについて正当な理由があるかについて更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻す。
実務上の射程
表見代理の「正当な理由」の認定において、相手方の慎重な確認行為を逆手に取って「疑念を抱いていた証拠」として扱うべきではないことを示唆している。答案上は、相手方の主観的認識を認定する際の評価の方向性(慎重な確認は善意・無過失を補強する方向で働く)として引用できる。
事件番号: 昭和35(オ)1149 / 裁判年月日: 昭和37年6月8日 / 結論: 棄却
正当事由に基づく家屋受渡請求事件において、被告(賃借人)先代が賃料につき提供も供託もしていないことをもつて、他人の家屋を使用する者として信義に反する旨の主張が原告(賃貸人)によつてなされ、被告が右事実を認めたが、右賃料についてはその後被告はこれを供託した旨陳述し、これに対し原告がその点を争わないと述べているときは、原告…
事件番号: 昭和35(オ)347 / 裁判年月日: 昭和38年7月25日 / 結論: 棄却
代理権消滅の事実を相手方の代理人が知つていた場合には、民法第一一二条による表見代理は成立しない。