正当事由に基づく家屋受渡請求事件において、被告(賃借人)先代が賃料につき提供も供託もしていないことをもつて、他人の家屋を使用する者として信義に反する旨の主張が原告(賃貸人)によつてなされ、被告が右事実を認めたが、右賃料についてはその後被告はこれを供託した旨陳述し、これに対し原告がその点を争わないと述べているときは、原告の右主張をもつて、原告の被告先代に対する解約申入の正当事由の一つとして主張されたものとは解されないから、原判決がこれを正当事由の主張として判断しなかつた点に審理不尽、理由不備はない。
借家人の賃料不払をいう当事者の陳述が弁論の経過に徴し、解約申入の正当事由の一つとしてこれを主張したものとは解されないとして右を正当事由の主張として判断しなかつた原審に審理不尽理由不備はないとした事例。
民訴法395条1項6号,借家法1条ノ2
判旨
賃貸借契約の解約申入れに正当事由があるか否かの判断において、賃借人による賃料の不提供や不供託といった事情が、弁論の経過から解約申入れの正当事由の一つとして主張されたものと解されない場合には、判断の対象外としても違法ではない。
問題の所在(論点)
賃貸借契約の解約申入れにおける正当事由の存否を判断するにあたり、一旦は信義則違反として主張された賃料不提供の事実が、その後の弁論の経過によって解消された場合、なおこれを正当事由の判断材料として考慮すべきか。
規範
借地借家法(旧借家法)における賃貸借契約の解約申入れに正当事由(旧借家法1条の2)が認められるか否かは、賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況、さらには立ち退き料の提供等を比較考量して判断される。特に「賃貸借に関する従前の経過」には、賃借人の信義に反する行為の有無が含まれるが、それは当事者の主張・立証の範囲内で考慮されるべきものである。
重要事実
上告人(賃貸人)は、被上告人ら(賃借人)の先代に対し、建物の解約申入れを行った。上告人は原審において、賃借人が昭和32年3月分以降の賃料を提供も供託もしていないことが「信義に反する行為」であると陳述したが、その後の弁論の経過において、被上告人が当該賃料を供託した旨を陳述し、上告人もこれを争わなかった。原審は、この一連の経過に鑑み、賃料不払等の事情を解約申入れの正当事由を基礎づける主張としては扱わず、結論として正当事由を否定した。
あてはめ
上告人は、賃借人の賃料不提供を正当事由の一つとして考慮すべきと主張する。しかし、弁論の経過によれば、当初は賃料の提供・供託がない旨の陳述がなされたものの、その後賃借人側が供託を行い、上告人もその事実を認めている。このような経過に徴すれば、当初の陳述は解約申入れの正当事由を基礎づける具体的な「主張」として維持されているとは解されない。したがって、原審がこの事実を正当事由の判断において考慮しなかったとしても、審理不尽や理由不備の違法はないといえる。
結論
本件解約申入れには正当事由がないとした原審の判断は正当であり、上告を棄却する。
実務上の射程
正当事由の判断は諸般の事情を総合考慮するものであるが、当事者が攻撃防御の対象から除外したとみなしうる事情(解消された債務不履行等)については、裁判所が判断の基礎に置く必要がないことを示唆する。答案上は、正当事由の「従前の経過」を論じる際、単に過去の不備を挙げるだけでなく、それが解除や正当事由の根拠として現在も有効な主張となっているかを考慮する際の指針となる。
事件番号: 昭和36(オ)799 / 裁判年月日: 昭和38年11月1日 / 結論: 棄却
(省略)