判旨
建物賃貸借における解約申入れの「正当事由」は、賃貸借当事者双方の利害関係その他諸般の事情を考慮し、社会通念に照らし妥当と認められる理由をいう。
問題の所在(論点)
旧借家法1条の2にいう解約申入れの「正当事由」の意義、および将来の家族の居住等の必要性が正当事由の判断にどの程度影響するか。
規範
旧借家法1条の2(現行借地借家法28条参照)にいう「正当の事由」とは、賃貸借当事者双方の利害関係その他諸般の事情を考慮し、社会通念に照らし妥当と認められる理由をいう。その判断にあたっては、賃貸人側の自己使用の必要性のみならず、賃借人側の事情、賃料不払の有無、信頼関係を破壊するような態様の有無、その他契約締結に至る経緯等を総合的に考慮すべきである。
重要事実
賃貸人(上告人)は、食堂経営を含む建物について、賃借人(被上告人)に対し解約申入れを行った。上告人は、長女やその将来の夫、従業員の居住用として建物(特に階上部分)が必要であると主張した。一方、被上告人は保健所の命令による営業上の必要から増築改造工事を行っていた。また、上告人はかつて食堂の経営一切を被上告人に譲渡していた経緯があった。原審は階下部分については正当事由を認めたが、階上部分についてはこれを否定したため、上告人が上告した。
あてはめ
まず、上告人が主張する「将来迎えるべき長女の夫」等の居住の必要性は、現時点での具体的な必要性に乏しく、これを重視しすぎることは賃借人の利益を不当に無視することになり、社会通念上妥当な理由とはいえない。次に、賃借人が行った増築改造工事は、行政(保健所)の命令に基づく営業上やむを得ないものであり、賃貸人との信頼関係を破壊するほどの違法性はない。さらに、上告人が食堂経営を被上告人に譲渡したという経緯も、賃借人が当該建物で営業を継続する必要性を基礎づける事情として考慮されるべきである。これらを総合すると、階上部分について解約を認めるべき正当事由があるとは認められない。
結論
解約申入れの正当事由は認められず、賃貸人の請求(上告)は棄却される。
実務上の射程
正当事由の判断において「将来の抽象的な必要性」を過大評価せず、当事者双方の具体的利益を比較衡量する実務上の枠組みを示した事例。信頼関係を破壊しない程度の無断増改築が正当事由の判断(賃借人側の有利な事情)として考慮される点も参考になる。
事件番号: 昭和30(オ)1016 / 裁判年月日: 昭和32年7月30日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】建物賃貸借の解約申入れにおける正当事由は、賃貸人側の自己使用の必要性と、賃借人が明渡しにより受ける営業上の困難等の諸事情を比較考量して判断すべきである。 第1 事案の概要:賃貸人(被上告人)は、本件建物を自ら使用する必要があるとして、賃借人(上告人)に対し解約の申入れを行った。その際、賃貸人は賃借…