判旨
賃借人が賃貸人に対して有する費用償還請求権等の債権を自働債権とする相殺の意思表示が、賃貸人による賃貸借契約解除の意思表示の後になされた場合、その相殺によって契約解除の効力は妨げられない。
問題の所在(論点)
賃貸借契約において、賃料不払による解除の意思表示がなされた後に、賃借人が費用償還請求権等の反対債権による相殺を援用した場合、解除の前提となる催告や解除自体の効力が失われるか。
規範
債務不履行に基づく契約解除の効力が生じた後において、債務者が反対債権をもって相殺の意思表示をしたとしても、遡及的に履行遅滞の状態が解消されることはなく、既に発生した解除の効力は左右されない。
重要事実
賃借人(上告人)は、本件家屋の修繕費として6,280円を支出したが、賃料の支払を怠った。賃貸人(被上告人)は、賃料不払を理由に催告及び賃貸借契約解除の意思表示を行った。賃借人は、この解除の意思表示がなされた後に、上記修繕費償還請求権を自働債権として賃料債務と相殺する旨の意思表示をした。
あてはめ
本件において、上告人が主張する修繕費支出に基づく相殺の意思表示は、被上告人による賃貸借契約解除の意思表示の後になされている。解除の意思表示によって契約は既に適法に終了しており、その後に相殺によって賃料債務を消滅させたとしても、過去に遡って履行遅滞の事実がなかったことにはならない。したがって、解除の前提となった催告の有効性や、解除の効力に影響を及ぼすことはできないと解される。
結論
契約解除の意思表示後になされた相殺の意思表示は、解除の効力に影響を与えない。したがって、本件契約解除は有効である。
実務上の射程
賃貸借の不払解除事案において、被告側から修繕費等の反対債権による相殺の抗弁が出された際、その意思表示の前後関係を確認し、解除後であれば「時機に遅れた相殺」として排斥する論法に用いる。相殺の遡及効(民法506条2項)は解除による法的安定性を害しない範囲に限定されるという理屈を補足する際に有用である。
事件番号: 昭和35(オ)1322 / 裁判年月日: 昭和37年11月22日 / 結論: 棄却
一 建物賃貸借契約が賃料不払に因つて解除された後、賃借人の相殺の意思表示によつて賃料債務が遡つて消滅しても、契約解除の効力に影響はないものと解すべきである。 二 法律解釈の根拠・理由を判決に示さなくても、理由不備の違法があるとはいえない。