判旨
名誉毀損により精神的苦痛を被った場合、その後に嫌疑が晴れ名誉・信用が回復したとしても、既に生じた損害に対する慰謝料支払義務は消滅しない。
問題の所在(論点)
名誉毀損による不法行為が成立した後、事後的に名誉や信用が回復されたという事実が、既に発生している慰謝料支払義務の存否または金額にどのような影響を及ぼすか。
規範
不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条、710条)において、名誉毀損という加害行為により精神的苦痛が発生した以上、その後の事情により名誉や信用が回復されたとしても、既に被った苦痛を慰謝すべき義務は当然には消滅しない。損害額(慰謝料)の算定にあたっては、事後の名誉回復の事実を含め、一切の事情を参酌して判断すべきである。
重要事実
上告人は、過失により被上告人の名誉を毀損し、被上告人に堪え難い精神的苦痛を与えた。その後、被上告人の嫌疑が完全に冤罪であることが公表され、被上告人の名誉および信用は回復された。これを受けて上告人は、名誉が回復された以上は賠償義務を負わない、あるいは義務が軽減されるべき旨を主張して争った。
あてはめ
本件では、上告人の過失による名誉毀損行為と、それによる被上告人の「堪え難い苦痛」が明白に認められる。たとえその後に冤罪が公表され名誉・信用が回復したとしても、過去に被った精神的苦痛そのものが遡及的に消滅するわけではない。したがって、既に生じた損害を慰謝すべき義務は依然として存続する。原審が命じた金額は、名誉回復の事実を含む「一切の事実関係」を参酌した上での判断であり、相当な範囲内といえる。
結論
被上告人の名誉・信用が回復されたとしても、上告人は既発生の精神的苦痛に対する慰謝料支払義務を免れない。原審の慰謝料額の算定は妥当である。
実務上の射程
不法行為における損害の「事後的な填補・回復」が慰謝料に与える影響を論じる際の根拠となる。名誉毀損に限らず、謝罪や名誉回復措置がなされた場合でも、それは賠償義務そのものを消滅させるものではなく、あくまで慰謝料額の算定(中間利得の控除や過失相殺に類する調整ではなく、金額算定の考慮要素)に留まることを示している。
事件番号: 昭和28(オ)406 / 裁判年月日: 昭和30年3月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不法行為に基づき、捜査機関への誤った犯人申告によって被申告者が勾留され、新聞記事で名誉を毀損された場合、その間に警察官や検察官の判断、新聞記者の取材行為等が介在したとしても、相当因果関係は否定されない。 第1 事案の概要:上告人は、確たる証拠がないにもかかわらず、漠然とした記憶に基づいて軽々しく被…
事件番号: 昭和37(オ)1001 / 裁判年月日: 昭和38年2月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】他者を侮辱する言動が不法行為(民法709条)を構成する場合、被害者の言動等の諸事情を斟酌して慰謝料額を算定することが認められる。また、具体的な侮辱行為が権利侵害に当たるとした原審の判断は、特段の事情がない限り正当として維持される。 第1 事案の概要:上告人(控訴人)が被上告人(被控訴人)に対し、原…
事件番号: 昭和34(オ)901 / 裁判年月日: 昭和39年1月28日 / 結論: 破棄差戻
法人の名誉権が侵害され、無形の損害が生じた場合でも、右損害の金銭評価が可能であるかぎり、民法第七一〇条の適用がある。