判旨
手形振出の動機に錯誤があっても、それは振出行為の縁由の錯誤にすぎず、振出行為自体の錯誤とは認められないため、手形行為は無効とならない。
問題の所在(論点)
手形を「見せ手形」として使用されると誤認して交付した場合の錯誤が、手形行為(振出)を無効とするか(民法95条の適用範囲)。
規範
手形行為における錯誤の主張は、振出行為自体の錯誤と認められる場合に限られ、単なる振出の動機(縁由)に関する錯誤は、手形行為そのものを無効ならしめるものではない。
重要事実
上告人Aは、訴外D物産株式会社に対し、同社が本件手形を「見せ手形」として使用するものと誤信して交付した。しかし、実際にはD社は本件手形を裏書譲渡し、流通させた。Aは、流通させる目的で交付したのではないため振出行為は存在せず、無効であると主張して手形責任を争った。
あてはめ
上告人が主張する「見せ手形としてのみ使用し、流通させない」という事情は、手形を振り出し交付するという意思決定の過程における動機の錯誤(縁由の錯誤)にすぎない。手形に署名して交付するという振出行為自体の認識に欠けるところはないため、振出行為の有効性を否定するほどの瑕疵とはいえない。したがって、当該錯誤は悪意の取得者に対する人的抗弁の事由になり得るにとどまり、当然に振出行為を無効とするものではない。
結論
本件手形の振出行為は無効ではなく、上告人は錯誤を理由に手形責任を免れることはできない。
実務上の射程
手形の安全と流通保護の観点から、手形行為の無効事由を厳格に解したもの。答案上は、動機の錯誤が手形行為の効力に及ぼす影響を論じる際の根拠として活用できる。人的抗弁にとどまるという構成は、非権利者からの取得(善意取得)の文脈でも重要となる。
事件番号: 昭和36(オ)1349 / 裁判年月日: 昭和37年3月23日 / 結論: 棄却
手形振出の動機に重大な錯誤があり、それが一般には要素の錯誤とみられるとしても、手形振出行為自体の効力を左右するものではない。