判旨
民法110条の権限外の表見代理が成立するためには、原則として、行為当時において基本代理権が存在することを要する。過去に存在した代理権が消滅した後に権限外の行為が行われた場合は、同条を直接適用することはできない。
問題の所在(論点)
民法110条の表見代理が成立するためには、表見代理行為の当時において基本代理権が存続している必要があるか。また、消滅後の代理権を基礎に110条を適用できるか。
規範
民法110条の表見代理は、一定の範囲の代理権を有する者がその権限を逸脱して代理行為をした場合に適用される。したがって、その基礎となる基本代理権は、表見代理行為の当時において現に存在していることを要する。過去に存在したが既に消滅した代理権を基礎として権限外の行為が行われた場合に、同条の法理を適用するには、別途その旨の事実関係と法理の解明を要する(実質的には112条と110条の重畳適用の検討を唆すものと解される)。
重要事実
上告人の復代理人Eは、上告人のために封鎖預金の解除払戻に関する代理権を付与されていた。しかし、Eは当該権限を逸脱して、昭和23年12月、上告人所有の本件土地をDに売却した。上告人は、売買当時すでに預金の払戻事務は完了しており、Eの代理権は消滅していたと主張した。原審は、Eに基本代理権(預金払戻)があり、Dに正当な理由があったとして110条の成立を認めたが、売買当時において当該基本代理権が存続していたか否かを確定していなかった。
あてはめ
本件において、Eに与えられていた代理権は封鎖預金の解除払戻に関する事項に限定されていた。封鎖預金の払戻には時期的制限があり、本件土地売買が行われた昭和23年12月当時、その事務が結了し代理権が消滅していた可能性がある。110条は現存する権限の超越を予定する規定であるため、行為時に代理権が消滅していたのであれば、同条を漫然と適用することは許されない。原審は、行為当時の代理権の存続を確定せずに110条を適用しており、審理不尽・理由不備の違法がある。
結論
民法110条の成立には、行為当時における基本代理権の存在が必要である。代理権消滅後の権限外の行為については、当然には同条を適用できず、原判決は破棄を免れない。
事件番号: 昭和29(オ)231 / 裁判年月日: 昭和30年1月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の「正当な理由」が認められるためには、相手方が無権代理人に代理権があると信じたことにつき、取引上必要とされる注意を欠かないことが必要である。 第1 事案の概要:上告人Aは、被上告人の代理人と称するDとの間で、被上告人所有の土地建物を買い受ける売買契約を締結した。しかし、Dには当該売却の…
実務上の射程
110条の成立要件として「基本代理権の現存」を要求する基本判例である。代理権消滅後の権限外の行為については、後に確立される「112条と110条の重畳適用」の法理(最判昭45.12.15等)を用いて解決すべき問題であり、答案上も、代理権が消滅している場合には本判決を前提に110条の直接適用を否定し、重畳適用の構成に移行する際の論理として活用する。
事件番号: 昭和30(オ)262 / 裁判年月日: 昭和31年10月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】代理人が真意では本人を代理する意思がない場合であっても、代理人が相手方との間で売買契約を締結する意図を有していたのであれば、心裡留保(民法93条)の規定を類推適用して、相手方が代理人の真意を知り又は知ることができた場合に限り、その行為は無効となる。 第1 事案の概要:売主Dの代理人であるE社の係員…
事件番号: 昭和37(オ)202 / 裁判年月日: 昭和39年7月7日 / 結論: 棄却
町条例に、競争入札以外の方法による町有不動産の売却が予定価格二〇万円未満のものまたは予定価格二〇万円以上五〇万円未満で急施を要するものについてなされるときには、町議会の議決を要せず、町長において町を代表して私法上の売買契約を締結できる権限がある旨規定されている場合は、同町長の右制限をこえる町有不動産売却行為について、右…
事件番号: 昭和29(オ)767 / 裁判年月日: 昭和31年7月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】行政処分に相手方の誤認や手続上の瑕疵がある場合でも、処分の存在を認識し得た者が不服申立期間を徒過したときは、その瑕疵が当然無効と解すべき重大かつ明白なものでない限り、処分の効力は確定する。 第1 事案の概要:上告人の亡母Dの所有であった農地を、Dの死亡により上告人が相続したが、登記簿上の名義はDの…