判旨
権利の濫用(民法1条3項)とは、権利の行使が義務者に対し損害を加える目的のみでなされる等、著しく信義誠実の原則にもとり公序良俗に反する場合をいい、明渡猶予期間の合意がある等の事情下では、特段の事情がない限りこれに該当しない。
問題の所在(論点)
合意解約および明渡猶予期間の経過後になされた家屋明渡請求が、民法1条3項の「権利の濫用」に該当するか。
規範
権利の行使が「権利の濫用」として許されないのは、権利の行使が義務者に対し損害を加える目的のみでなされるというような、著しく信義誠実の原則(信義則)にもとり、公序良俗に反する場合を指す。
重要事実
賃貸人(被上告人)は、賃借人(上告人ら)に対し、昭和9年12月から家屋を賃貸していた。昭和21年5月、当事者間で同月末限りでの賃貸借契約の合意解約が成立したが、家屋の明渡しについては昭和23年10月31日まで猶予する旨の合意がなされた。しかし、賃借人らは猶予期間経過後も明渡しを遅滞し、さらに「他に移転すべき住宅店舗を求めることが至難である」ことや「賃貸人に明渡請求の必要性がない」ことを理由に、本件明渡請求は権利の濫用にあたると主張して争った。
あてはめ
本件では、賃借人らが明渡義務の履行を遅滞している間に移転先確保が困難になったとしても、それは義務履行の遅滞による自らの帰責性に起因する側面がある。また、賃貸人が「何らの必要もなく明渡しを訴求している」といった特段の事情(加害目的等)も立証されていない。したがって、適法な合意解約および猶予期間の経過に基づく明渡請求は、著しく信義則に反し公序良俗に反するような場合(損害を加える目的のみの場合など)には該当しない。
結論
被上告人の明渡請求は権利の濫用にはあたらず、上告人らは家屋を明け渡すべきである。
実務上の射程
権利濫用の成立要件として「加害目的」という厳しい主観的要素に言及している点が特徴的である。現代の通説的見解(相関関係説等)と比較すると限定的な基準に見えるが、合意解約後の居座りに対して権利濫用の抗弁を排斥する際の論理として、実務上、権利行使の正当性を強調する文脈で参照し得る。
事件番号: 昭和29(オ)576 / 裁判年月日: 昭和31年6月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】借地借家法上の解約申入れに「正当の事由」が認められる場合、賃貸人の請求が権利の濫用にあたるとはいえない。 第1 事案の概要:上告人(賃借人)に対し、被上告人(賃貸人)が本件建物の解約申入れを行い、建物の明渡しを求めた事案である。原審(二審)は、具体的な事実関係に基づき、本件解約申入れには「正当の事…