判旨
建物賃貸借の解約申入れにおける正当事由は、解約申入時から口頭弁論終結時までの諸般の事情を総合考慮して判断される。賃貸人が居住中であることを知りながら買受けた事実や、代替建物の不適当性は、正当事由を否定する要素となる。
問題の所在(論点)
建物の解約申入れにおける「正当事由」の判断において、解約申入れ後の事情を考慮できるか。また、賃貸人が使用を必要とする事情が「事業拡張の欲求」に留まる場合や、代替家屋の提供が不十分な場合に正当事由は認められるか。
規範
借地借家法28条(旧借家法1条の2)の正当事由の有無は、賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況等を総合的に考慮し、当事者双方の利害と衡平の観点から判断すべきである。また、解約申入後から口頭弁論終結時までに生じた事実も、判断の資料に含まれる。
重要事実
上告人(賃貸人)は、被上告人(賃借人)が居住中であることを知りながら本件建物を買受け、昭和21年1月に解約申入れを行った。上告人は、妻の美容院経営を拡張するために建物の明渡しを求め、上告人の住家との入れ替えによる移転を提案した。これに対し被上告人は、当該建物で煙草小売商等を営んで生計を立てており、提案された移転先は適当ではなかった。また、解約申入から6か月経過後に、上告人の二女夫婦が一部を借用し始め、被上告人が古物商を開始した等の事実が生じた。
あてはめ
まず、正当事由の判断基準時は解約申入時のみならず、口頭弁論終結時までの事情を包含する。本件では、解約申入後に生じた二女夫婦の居住等の事実も参酌され得る。次に、上告人が建物を必要とする理由は「妻の美容院経営を拡張したい」という欲求に過ぎず、切迫した必要性(事情に迫られている状態)とは認められない。また、被上告人が煙草小売商で生計を立てている以上、提案された代替家屋は適当な移転先とはいえず、明渡拒絶は不当ではない。さらに、賃借人の居住を知りながら買受けた経緯も、正当事由を否定する一資料となる。以上を総合すると、当事者双方の利害の衡平に照らし、正当事由は認められない。
結論
本件解約申入れには、申入時から口頭弁論終結時に至るまで正当事由があったとは認められないため、賃貸借契約は消滅しない。
実務上の射程
正当事由の判断における「基準時」が口頭弁論終結時まで及ぶことを示した実務上重要な判例。答案では、賃貸人側の必要性が「事業拡張」などの主観的・営利的な欲求に留まる場合や、立退料に代わる「代替建物の提供」が賃借人の生計維持(商売等)に照らして不十分な場合に、正当事由を否定する方向で活用する。
事件番号: 昭和25(オ)6 / 裁判年月日: 昭和28年12月24日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】賃貸人が自己の居住用家屋の明渡しを求められている場合であっても、物件取得の経緯や当事者の職業関係等の諸事情を比較考慮し、解約申入れに「正当の事由」が認められない場合がある。 第1 事案の概要:賃貸人(上告人)は、現在居住している家屋の所有者から明渡しを求められていた。そこで上告人は、自ら購入した本…