甲をモデルとし,経歴,身体的特徴,家族関係等によって甲と同定可能な乙が全編にわたって登場する小説において,乙が顔面にしゅようを有すること,これについて通常人が嫌う生物や原形を残さない水死体の顔などに例えて表現されていること,乙の父親が逮捕された経歴を有していることなどの記述がされていることなど判示の事実関係の下では,公共の利益にかかわらない甲のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む同小説の出版により公的立場にない甲の名誉,プライバシー及び名誉感情が侵害され,甲に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるとして,同小説の出版の差止めを認めた原審の判断には,違法がない。
名誉,プライバシー等の侵害に基づく小説の出版の差止めを認めた原審の判断に違法がないとされた事例
民法1条ノ2,民法198条,民法199条
判旨
公的立場にない者のプライバシーにわたる事項を表現内容に含み、公共の利害に関しない小説の公表による人格権侵害に対し、重大で回復困難な損害を被るおそれがある場合には、差止めを認めるべきである。
問題の所在(論点)
小説の公表による名誉・プライバシー侵害を理由として、出版等の差止めを求めることができるか。また、その際の憲法21条1項(表現の自由)との調整基準が問題となる。
規範
人格的価値を侵害された者は、人格権に基づき、侵害行為の排除または予防のため、差止めを求めることができる。その可否は、被害者の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、被害者側の不利益と加害者側の不利益(表現の自由)を比較衡量して決すべきである。具体的には、①侵害行為が明らかに予想され、②被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、③事後の回復が不可能ないし著しく困難であるときは、差止めが認められる。
重要事実
著名な小説家Dが、難病(静脈性血管腫)による顔面の外貌上の特徴や、父がスパイ容疑で逮捕された経歴を持つ実在の女性をモデルに小説「E」を執筆した。同作ではモデルの特定が容易であり、かつ顔面の腫瘍を生物や水死体に例える過烈な描写や、新興宗教に入信したという虚構の事実が含まれていた。モデルとなった女性は公的立場にない大学院生であり、出版の承諾も与えていなかった。
あてはめ
本件小説の描写は、公共の利害に関しない私的な事柄であり、被上告人は公的立場にない。小説中の人物は被上告人と容易に同定可能であり、その過烈な表現は名誉・プライバシー・名誉感情を著しく侵害する。出版が継続されれば、被上告人が平穏な社会生活を送ることが困難となるなど、精神的苦痛が倍加し、重大で回復困難な損害を被るおそれが大きいといえる。したがって、出版による表現の自由という不利益を考慮しても、差止めの必要性が極めて高いと判断される。
結論
被上告人の人格権(名誉権等)に基づく出版等の差止め請求は、憲法21条1項に違反せず、これを認容すべきである。
実務上の射程
人格権に基づく差止めの一般的基準を示した重要判例である(「石に泳ぐ魚」事件)。特に「公共の利害に関しない事項」かつ「公的立場にない者」への侵害である場合に、事後的な金銭賠償のみでは不十分として事前差止を認める際の有力な根拠となる。
事件番号: 平成6(オ)715 / 裁判年月日: 平成11年3月25日 / 結論: 棄却
宗教団体及び信仰の対象である主宰者を批判する記事が週刊誌等に掲載された場合において、信者が被ったとされる不利益の内容は、記事を自分で読むなどした結果、内心の静穏な感情を害され、不快感、不安感等を抱いたというにとどまり、また、出版社等のした行為は、本来自由な言論活動に属するものであって、信者個々人の内心の静穏な感情を害す…