(省略)
上告棄却決定に反対意見が付された事例
民訴法317条2項 裁判所法11条
判旨
記事の表現が、摘示された事実を前提とする「意見・論評」に該当する場合、前提事実の真実性・相当性が認められ、かつ人身攻撃等の論評の域を逸脱しない限り、不法行為(名誉毀損)は成立しない。本件では、非加熱製剤の継続投与という事実関係を前提とした「殺人者」等の表現は、刑事責任を追及する趣旨の論評として許容される。
問題の所在(論点)
記事中の「殺人被疑者」「戦犯」等の表現が、単なる「事実の摘示」にあたるのか、それとも摘示された事実(非加熱製剤の投与継続等)に基づく「意見・論評」にあたるのか。また、後者である場合、どの程度の表現であれば社会的に許容されるか(名誉毀損における意見・論評の免責要件)。
規範
ある記載が、特定の事実を前提とした「意見・論評」としての性質を有する場合、不法行為(名誉毀損)の成否は、①前提となる事実が真実であるか(または真実と信じるに足りる相当な理由があるか)、②その論評が専ら公益を図る目的で行われたか、③論評の内容が、社会通念上許容される範囲を逸脱し、人身攻撃にわたる等、論評の域を著しく逸脱するものでないかによって判断される。前提事実が真実(相当)であれば、論評それ自体の真実性まで証明する必要はない。
重要事実
薬害エイズ事件の主任研究員であった被上告人(医師)に対し、上告人が週刊誌記事で「殺人被疑者」「元凶」「戦犯」等の見出しを付して批判した。記事の内容は、被上告人が特定の製薬会社の利益を守るために加熱製剤の導入を遅らせ、その結果多くの血友病患者をエイズに感染させたと指摘し、遺族らによる殺人容疑での刑事告発の事実を併記するものであった。原審は、一部の過激な表現について「殺人の事実を摘示するもの」として賠償を認めた。
あてはめ
本件各記事は、非加熱製剤の使用継続や製薬会社との癒着という客観的事実を前提とし、さらに弁護士等の談話を引用しつつ刑事責任を問う文脈で構成されている。これを全体として読めば、被上告人が殺人罪を犯したという「生の事実」を告げるものではなく、前提事実に照らせば「殺人者として処罰されるべきである」という上告人の評価、すなわち意見・論評を述べたものと解される。前提となった事実関係(非加熱製剤の投与による被害拡大等)は真実ないし相当と認められ、表現にいささか相当性を欠く部分はあるとしても、被上告人の社会的地位と責任の重さに鑑みれば、社会的一線を画する不当な人身攻撃とまではいえず、論評の域を逸脱していない。
結論
本件各記事の表現は、真実(相当)な事実に基づく正当な意見・論評の範囲内であり、名誉毀損による不法行為は成立しない(反対意見の構成に基づく)。
実務上の射程
本件は、事実の摘示と意見・論評の区別、および意見・論評における免責要件の射程を示すものである。答案上は、まず「事実の摘示」か「意見・論評」かを記事全体の文脈から振り分け、後者であれば前提事実の真実性と、論評としての相当性(人身攻撃の有無)を二段構えで検討する際の枠組みとして用いる。
事件番号: 平成6(オ)978 / 裁判年月日: 平成9年9月9日 / 結論: 破棄差戻
一 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあって、表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない場合に、行為者において右意見等の前提としている事実の重要な部分を真実と信ずるにつき相当の理由が…