一 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあって、表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない場合に、行為者において右意見等の前提としている事実の重要な部分を真実と信ずるにつき相当の理由があるときは、その故意又は過失は否定される。 二 名誉毀損の成否が問題となっている新聞記事が、意見ないし論評の表明に当たるかのような語を用いている場合にも、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に、前後の文脈や記事の公表当時に読者が有していた知識ないし経験等を考慮すると、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張するものと理解されるときは、右記事は、右事項についての事実の摘示を含むものというべきである。 三 特定の者が犯罪を犯したとの嫌疑が新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない。
一 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損において行為者が右事実を真実と信ずるにつき相当の理由がある場合の不法行為の成否 二 名誉毀損の成否が問題となっている新聞記事における事実の摘示と意見ないし論評の表明との区別 三 特定の者について新聞報道等により犯罪の嫌疑の存在が広く知れ渡っていたこととその者が当該犯罪を行ったと公表した者において右のように信ずるについての相当の理由
民法709条,民法710条,刑法230条の2第1項
判旨
名誉毀損における事実の摘示と意見・論評の区別は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準に、文脈や背景知識から間接的・黙示的な事実の主張が含まれるかで判断すべきである。また、犯罪の嫌疑が周知であっても、それだけで犯罪事実を真実と信じる相当の理由があるとは認められない。
問題の所在(論点)
不法行為(民法709条)に基づく名誉毀損の成否において、特定の表現が「事実の摘示」に当たるか「意見・論評」に当たるかの区別基準、および「真実相当性」の判断基準が問題となる。
規範
1.事実の摘示と意見・論評の区別は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準とする。語句自体が直ちに事実を指さずとも、文脈や読者の知識・経験に照らし、修辞・比喩・伝聞形式等を通じて間接的・えん曲に、あるいは叙述の前提として黙示的に特定の事項を主張していると理解される場合は「事実の摘示」に当たる。 2.意見・論評による名誉毀損は、(1)公共の利害に関する事実に係り、(2)専ら公益を図る目的であり、(3)前提事実が重要な部分で真実(または真実と信じる相当の理由がある)場合、(4)人身攻撃等の域を逸脱しない限り、違法性を欠く。 3.「相当の理由」の判断において、犯罪の嫌疑が多数報道され周知であることは、直ちに犯罪事実を真実と信じるべき根拠とはならない。
重要事実
新聞社(被上告人)が、殺人未遂容疑で逮捕・勾留中の被告(上告人)について、交際女性の「極悪人、自供したら死刑」との談話や、元検事の「知能犯プラス凶悪犯」との評価を、センセーショナルな見出しと共に掲載した。被告は名誉毀損に基づく損害賠償を請求。原審は、これらは単なる意見・論評であり、当時の社会状況(嫌疑の周知性)に照らし不当ではないとして請求を棄却した。
あてはめ
1.本件見出し等の表現は、単なる主観的評価の紹介にとどまらない。被告が殺人未遂等の重大犯罪を否認中であるという文脈や、親密な女性が「事件のこと」を聞いたとする体裁、元検事の分析等の形式を総合すれば、一般読者は「被告が実際に犯罪を犯した」という事実を間接的・断定的に主張するものと理解する。したがって、これらは「事実の摘示」を伴うものである。 2.真実相当性について、当時上告人に強い嫌疑がかけられ広く報道されていた事実は認められる。しかし、「嫌疑の存在」と「犯罪の実行」は別個の事実である。多数の報道により嫌疑が周知であったとしても、それのみをもって、犯罪事実そのものを真実と信じるについて「相当の理由」があるとはいえない。
結論
本件各表現は、事実の摘示を伴う名誉毀損に該当し得る。嫌疑の周知性のみをもって直ちに不法行為責任を否定した原審には、事実と意見の区別および相当の理由の判断において法令適用の誤りがある。原判決を破棄し、差し戻す。
実務上の射程
答案では、まず表現の「多義性」を指摘し、本判例の基準(一般読者の基準・文脈・前提事実の黙示)を用いて事実摘示の有無を確定させる。特に「〜とみられる」「〜の疑い」といった形式的な表現であっても、読者に与える印象から事実摘示と認定する際に本判例のロジックが極めて有用である。また、真実相当性の抗弁において「報道の過熱」を根拠とする主張を排斥する際にも用いる。
事件番号: 平成6(オ)1084 / 裁判年月日: 平成10年1月30日 / 結論: 破棄差戻
被告人の読書歴等に基づき犯行の動機は金欲しさ又は犯罪小説を自作自演しようとするところにあったと推論する内容の新聞記事は、右推論の結果を事実として摘示するものというべきである。