被告人の読書歴等に基づき犯行の動機は金欲しさ又は犯罪小説を自作自演しようとするところにあったと推論する内容の新聞記事は、右推論の結果を事実として摘示するものというべきである。
被告人の読書歴等に基づき犯行の動機を推論する内容の新聞記事が事実を摘示するものであるとされた事例
民法709条,民法710条
判旨
新聞記事が推論の形式を採っていても、一般読者の普通の注意と読み方を基準として、証拠等により存否を決し得る特定の事項を主張するものと理解される場合は、事実の摘示に当たる。また、犯罪の嫌疑が広く報道されている事実は、直ちにその犯罪事実を真実と信ずるに足りる相当な理由にはならない。
問題の所在(論点)
1. 推論の形式を採る「動機」に関する記述が、名誉毀損における「事実の摘示」に当たるか。 2. 他のメディアによる犯罪嫌疑の先行報道が存在することは、真実相当性を基礎付ける事情となるか。
規範
1. 事実摘示と意見論評の区別:表現が推論の形式を採る場合であっても、一般読者の普通の注意と読み方を基準に、文脈や読者の知識・経験を考慮し、証拠等をもって存否を決することが可能な特定の事項を主張するものと理解されるときは「事実の摘示」に当たる。立証の難易はこれを左右しない。 2. 真実相当性の判断:犯罪を犯したとの印象を与える記事が不法行為を構成しないためには、真実性の証明があるか、真実と信ずるに足りる相当の理由が必要である。ある者に対する犯罪の嫌疑が繰り返し報道され社会的に広く知れ渡っている事実は、それだけで真実と信ずるに足りる相当の理由にはならない。
重要事実
いわゆる「ロス疑惑」の刑事被告人であった原告につき、被告(新聞社)は、原告が大量の推理小説を特定の飲食店に寄贈していた事実に基づき、「犯行の動機に犯罪小説への耽溺が関連している」「自分で犯罪小説を創作し、自ら演じようとしたのではないか」等の内容を含む記事を掲載した。原審は、動機は深層心理に関わるため真偽の証明が不可能であり「意見の表明」に当たること、及び、既に嫌疑が広く報道されていたことを理由に不法行為の成立を否定したため、原告が上告した。
あてはめ
1. 本件記事は、上告人が殺人事件を犯したことを前提にその動機を推論しているが、その内容は犯罪事実そのものと共に証拠等により存否を決し得る事項である。したがって、一般読者の基準に照らせば、単なる意見ではなく「事実の摘示」に当たると解すべきである。 2. 本件記事が上告人が犯罪を犯したとの印象を与える以上、被告は真実性または真実相当性を立証する必要がある。先行する嫌疑報道が多数存在したとしても、それは客観的な真実の証明にはならず、また、それのみを根拠に執筆者が真実と信じたとしても「相当の理由」があるとは認められない。
結論
本件記事の記述は「事実の摘示」に当たり、また先行報道の存在のみでは真実相当性は認められない。したがって、不法行為の成立を否定した原判決には法令の解釈適用の誤りがある。
実務上の射程
「事実の摘示」と「意見・論評」の区別につき、表現の形式(〜と思われる等)にとらわれず、一般読者を基準に客観的な立証可能性で決する実務上の枠組みを確立した。また、メディアによる「追い込み」的な報道(報道の連鎖)が真実相当性を安易に肯定する根拠にならないことを明示した点で、報道実務および名誉毀損訴訟における重要な指針となっている。
事件番号: 平成8(オ)576 / 裁判年月日: 平成14年1月29日 / 結論: 破棄差戻
裁判所は,名誉毀損に該当する事実の真実性につき,事実審の口頭弁論終結時において客観的な判断をすべきであり,その際に名誉毀損行為の時点では存在しなかった証拠を考慮することも許される。