作成名義人の事前の承諾があつても有印私文書偽造罪が成立するとされた事例
刑法159条1項
判旨
作成権限のない者が他人の名義を冒用して文書を作成する行為は、たとえその内容が真実であっても、文書の成立の真正を偽るものとして有印私文書偽造罪(刑法159条1項)が成立する。
問題の所在(論点)
作成権限のない者が、他人の名義を冒用して文書を作成した場合において、その記載内容が真実であれば、有印私文書偽造罪(刑法159条1項)は成立しないのか。すなわち、文書偽造罪の本質について形式主義(作成名義の真正を重視する立場)を採るべきか、実質主義(内容の真実性を重視する立場)を採るべきかが問題となる。
規範
文書偽造罪における「偽造」とは、作成権限のない者が、他人との人格的同一性を偽って文書を作成することをいう。本罪の保護法益は文書に対する社会的な公共の信用であり、名義人と作成者の人格的同一性を偽る行為自体が、文書の形式的真実性を害するものとして処罰の対象となる。したがって、記載内容が客観的事実に合致するか否かにかかわらず、作成権限のない者が他人の名義を用いて文書を作成すれば、原則として「偽造」に該当する。
重要事実
本件において、被告人は、正当な作成権限を有していないにもかかわらず、他人の氏名(有印)を用いて私文書を作成した。被告人は、当該文書の記載内容自体は真実であるとして、無罪(または文書偽造罪の不成立)を主張して上告した。
あてはめ
有印私文書偽造罪の成否を検討するに、被告人は文書の作成権限を有していない。それにもかかわらず、他人の印章を利用してその他人の名義で文書を作成した行為は、社会通念上、名義人と作成者の人格的同一性を偽るものと評価される。文書偽造罪が保護するのは文書の成立の真正に対する社会の信用であるから、内容が真実であっても、名義を冒用して文書を成立させた時点で、その信用を毀損したといえる。したがって、内容の真実性は「偽造」の成否を左右しない。
事件番号: 昭和54(あ)1613 / 裁判年月日: 昭和56年4月8日 / 結論: 棄却
交通反則切符中の供述書を他人の名義で作成した場合は、あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても、私文書偽造罪が成立する。
結論
本件の事実関係のもとにおいて、有印私文書偽造罪の成立を認めた原判断は相当である。
実務上の射程
本決定は、文書偽造罪について形式主義を採る判例の立場を再確認したものである。答案作成上は、名義人と作成者の不一致(人格的同一性の偽り)を指摘すれば足り、内容が真実であっても「偽造」の成立を妨げないとするロジックとして活用すべきである。また、代理権の濫用や名義人の承諾がある場合との区別を論じる際の基礎となる。
事件番号: 昭和39(あ)273 / 裁判年月日: 昭和39年6月11日 / 結論: 棄却
一 第一審判決判示第一前段の被告人の所為が有印公文書偽造罪にあたるとした原判決の判断は正当である。 二 (第一審判決判示第一前段の要旨)被告人は昭和三四年一二月八日付神奈川県公安委員会がAに発行した小型自動四倫運輪免許一通をほしいままに、同免許証の氏名欄の「A」、生年月日欄の「大正15・11・19」、本籍欄の「栃木県真…
事件番号: 昭和55(あ)1351 / 裁判年月日: 昭和56年4月16日 / 結論: 棄却
交通切符又は交通反則切符中の供述書を他人の名義で作成した場合は、名義人の事前の承諾があつても、私文書偽造罪が成立する。
事件番号: 昭和48(あ)2192 / 裁判年月日: 昭和49年2月9日 / 結論: 棄却
既に死亡している友人の氏名を冒用し交通事件原票中の供述書を作成した場合でも、一般人をして名義人が実在していると誤信させるような私文書を偽造したものと認めるのが相当であり、私文書偽造罪が成立する(最高裁判所昭和二五年(れ)第一三三五号同二六年五月一一日第二小法廷判決・刑集五巻六号一一〇二頁、同二七年(あ)第一三四二号同二…
事件番号: 昭和56(あ)1302 / 裁判年月日: 昭和56年12月22日 / 結論: 棄却
遁刑中であることが発覚するのを恐れて義弟と同一の氏名を使用して生活していた被告人が、右氏名を使用して交通切符中の供述書を作成した場合は、その氏名がたまたまある限られた範囲において被告人を指称するものとして通用していたとしても、私文書偽造罪が成立する。