既に死亡している友人の氏名を冒用し交通事件原票中の供述書を作成した場合でも、一般人をして名義人が実在していると誤信させるような私文書を偽造したものと認めるのが相当であり、私文書偽造罪が成立する(最高裁判所昭和二五年(れ)第一三三五号同二六年五月一一日第二小法廷判決・刑集五巻六号一一〇二頁、同二七年(あ)第一三四二号同二八年一一月一三日第二小法廷判決・刑集七巻一一号二〇九六頁参照)。
死亡者の名義を冒用した交通事件原票中の供述者の作成と私文書偽造罪の成否
刑法159条1項
判旨
死者の氏名を冒用して私文書を作成した場合であっても、一般人をして名義人が実在していると誤信させるような外観を備えているときは、刑法159条1項の私文書偽造罪が成立する。
問題の所在(論点)
作成当時において既に死亡している者の氏名を冒用して文書を作成した場合に、刑法159条1項の私文書偽造罪が成立するか。死者名義の文書に文書偽造罪の保護法益である「文書に対する公共の信用」が認められるかが問題となる。
規範
文書偽造罪における「偽造」とは、作成者と名義人の人格の同一性を偽ることをいう。名義人が作成当時既に死亡していたとしても、その作成された文書が、一般人をして名義人が実在していると誤信させるような形式・外観を備えているものである限り、文書に対する社会的な公共の信用を害するため、有印私文書偽造罪を構成する。
重要事実
被告人は、運転免許証不携帯という道路交通法違反の取締りを受けた際、警察官が作成する交通事件原票(交通反則切符)内の「供述書(甲)」欄において、行使の目的で、当時既に死亡していた友人の氏名を冒用して署名し、事実の証明に関する文書を作成した。
事件番号: 昭和55(あ)1858 / 裁判年月日: 昭和56年4月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】作成権限のない者が他人の名義を冒用して文書を作成する行為は、たとえその内容が真実であっても、文書の成立の真正を偽るものとして有印私文書偽造罪(刑法159条1項)が成立する。 第1 事案の概要:本件において、被告人は、正当な作成権限を有していないにもかかわらず、他人の氏名(有印)を用いて私文書を作成…
あてはめ
被告人が交通反則切符の供述書欄に死亡した友人の氏名を署名した行為は、当該文書が交通違反の事実を証明する形式を備えている以上、一般人の視点からは、あたかもその名義人が実在し、自ら署名したものと誤信させるに足りる外観を有している。したがって、たとえ名義人が死亡していたとしても、その名義を冒用する行為は人格の同一性を偽るものとして「偽造」に該当し、文書の公共的信用を毀損するといえる。
結論
被告人の行為は、刑法159条1項の有印私文書偽造罪を構成する。死者名義であることをもって直ちに犯罪の成立が否定されることはない。
実務上の射程
本判決は、死者名義の文書であっても「一般人を誤信させるに足りる外観」があれば偽造罪が成立することを明示した。答案上では、名義人の実在性は偽造罪の成立要件ではなく、文書の社会的信用を害する蓋然性(公共の信用)の有無が重要であることを論じる際に活用すべき射程の広い判例である。
事件番号: 昭和56(あ)1302 / 裁判年月日: 昭和56年12月22日 / 結論: 棄却
遁刑中であることが発覚するのを恐れて義弟と同一の氏名を使用して生活していた被告人が、右氏名を使用して交通切符中の供述書を作成した場合は、その氏名がたまたまある限られた範囲において被告人を指称するものとして通用していたとしても、私文書偽造罪が成立する。
事件番号: 昭和54(あ)1613 / 裁判年月日: 昭和56年4月8日 / 結論: 棄却
交通反則切符中の供述書を他人の名義で作成した場合は、あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても、私文書偽造罪が成立する。
事件番号: 昭和52(あ)1521 / 裁判年月日: 昭和53年1月27日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】自己の無免許運転の発覚を防ぐため、他人の氏名を警察官に偽り告げ、供述書に当該他人の署名指印をして提出する行為は、黙秘権(憲法38条1項)の保障の範囲外であり、有印私文書偽造罪・同行使罪を構成する。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反の容疑で警察官から取調べを受けた。その際、自己の無免許運転が…
事件番号: 昭和62(あ)713 / 裁判年月日: 昭和62年9月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】交通事件原票の供述書欄に他人の氏名を冒書して他人名義の供述書を作成し、これを警察官に提出する行為は、不利益な供述を強要するものとはいえず、有印私文書偽造罪および同行使罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、交通違反の際に作成される交通事件原票の供述書欄において、自己の氏名ではなく他人の氏名を書…