遁刑中であることが発覚するのを恐れて義弟と同一の氏名を使用して生活していた被告人が、右氏名を使用して交通切符中の供述書を作成した場合は、その氏名がたまたまある限られた範囲において被告人を指称するものとして通用していたとしても、私文書偽造罪が成立する。
他人の氏名が限られた範囲で被告人を指称するものとして通用していた場合において右氏名を用いて交通切符中の供述書を作成した所為と私文書偽造罪の成否
刑法159条1項
判旨
交通事件原票の供述書に他人の氏名を使用して署名した場合、たとえその氏名が一部の範囲で本人の呼称として通用していたとしても、作成名義を偽ったものとして有印私文書偽造罪が成立する。
問題の所在(論点)
被告人が以前から義弟の氏名を自称して生活していた(通称として通用していた)事情がある場合に、当該氏名を用いて供述書に署名する行為が、刑法159条1項の「偽造」にあたるか。
規範
文書偽造罪における「偽造」とは、作成者(文書に表示された意思の主体)と作成名義人(文書の作成者として表示された者)との間の人格的同一性を偽ることをいう。仮に冒用した氏名が、ある限られた範囲で行為者を指称するものとして通用していたとしても、客観的に他人の名義を冒用して文書を作成した以上、名義人の真正を害するものとして偽造にあたる。
重要事実
窃盗罪で服役中に逃走し、遁刑中であった被告人が、発覚を恐れて義弟の氏名を常用していた。被告人は無免許運転で警察官の取調べを受けた際、義弟の氏名、生年月日、本籍を告げ、警察官が作成した交通事件原票の供述書欄に、義弟の氏名で署名した。
事件番号: 昭和52(あ)1521 / 裁判年月日: 昭和53年1月27日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】自己の無免許運転の発覚を防ぐため、他人の氏名を警察官に偽り告げ、供述書に当該他人の署名指印をして提出する行為は、黙秘権(憲法38条1項)の保障の範囲外であり、有印私文書偽造罪・同行使罪を構成する。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反の容疑で警察官から取調べを受けた。その際、自己の無免許運転が…
あてはめ
被告人は義弟の氏名を以前から使用していたが、警察官による取調べという公的な場面において、自己と別人である「義弟」の氏名、生年月日、本籍を告げて署名している。この行為は、文書の作成名義人を被告人自身ではなく義弟として表示するものであり、作成名義人と作成者の人格的同一性を偽るものといえる。したがって、たとえ当該氏名が一部で通称として通用していたとしても、本件文書作成において他人の名義を冒用した事実に変わりはない。
結論
被告人の行為には有印私文書偽造罪(および偽造私文書行使罪)が成立する。
実務上の射程
通称名や自称を用いた文書作成が偽造にあたるかの判断基準を示す。本人がその通称で広く社会的に認知されている場合(芸名等)を除き、他人の属性を騙って署名する行為は、たとえ自称が一定範囲で通用していても偽造となる。答案上は、人格的同一性の偽りがあるかを、単なる氏名の合致だけでなく生年月日や本籍等の属性情報の冒用も含めて検討すべきである。
事件番号: 昭和54(あ)1613 / 裁判年月日: 昭和56年4月8日 / 結論: 棄却
交通反則切符中の供述書を他人の名義で作成した場合は、あらかじめその他人の承諾を得ていたとしても、私文書偽造罪が成立する。
事件番号: 昭和55(あ)1858 / 裁判年月日: 昭和56年4月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】作成権限のない者が他人の名義を冒用して文書を作成する行為は、たとえその内容が真実であっても、文書の成立の真正を偽るものとして有印私文書偽造罪(刑法159条1項)が成立する。 第1 事案の概要:本件において、被告人は、正当な作成権限を有していないにもかかわらず、他人の氏名(有印)を用いて私文書を作成…
事件番号: 昭和48(あ)2192 / 裁判年月日: 昭和49年2月9日 / 結論: 棄却
既に死亡している友人の氏名を冒用し交通事件原票中の供述書を作成した場合でも、一般人をして名義人が実在していると誤信させるような私文書を偽造したものと認めるのが相当であり、私文書偽造罪が成立する(最高裁判所昭和二五年(れ)第一三三五号同二六年五月一一日第二小法廷判決・刑集五巻六号一一〇二頁、同二七年(あ)第一三四二号同二…
事件番号: 昭和62(あ)713 / 裁判年月日: 昭和62年9月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】交通事件原票の供述書欄に他人の氏名を冒書して他人名義の供述書を作成し、これを警察官に提出する行為は、不利益な供述を強要するものとはいえず、有印私文書偽造罪および同行使罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、交通違反の際に作成される交通事件原票の供述書欄において、自己の氏名ではなく他人の氏名を書…