交通事故原票の供述書に他人の氏名を冒書して指印し、私文書である供述書を偽造して行使した行為は、黙秘権の行使とは関係がないから、違憲の主張は前提を欠くとされた事例
憲法31条,憲法38条1項
判旨
自己の無免許運転の発覚を防ぐため、他人の氏名を警察官に偽り告げ、供述書に当該他人の署名指印をして提出する行為は、黙秘権(憲法38条1項)の保障の範囲外であり、有印私文書偽造罪・同行使罪を構成する。
問題の所在(論点)
取調べにおいて、自己の犯罪発覚を免れるために他人の氏名を冒用して供述書を作成・提出する行為が、憲法38条1項の黙秘権の行使として正当化され、有印私文書偽造罪・同行使罪の成立が否定されるか。
規範
憲法38条1項が保障する黙秘権は、自己に不利益な供述を強要されない権利を意味する。しかし、虚偽の事実を積極的に申し立て、あるいは他人の名義を冒用して文書を偽造する行為までを保障するものではない。したがって、他人の氏名を冒用して供述書を作成・提出する行為は、黙秘権の行使とは関係のない別個の犯罪行為として評価される。
重要事実
被告人は道路交通法違反の容疑で警察官から取調べを受けた。その際、自己の無免許運転が発覚することを防ぐ目的で、知人であるAの氏名を自己の氏名であるかのように警察官に偽り告げた。さらに、作成された供述書にAの氏名を署名した上で指印し、私文書であるA名義の供述書を偽造した上、これを警察官に提出して行使した。
あてはめ
被告人の行為は、単に自己の氏名を秘匿したり黙秘したりするにとどまらず、積極的に他人の氏名を冒用して文書を偽造・行使するものである。このような積極的な虚偽文書の作成行為は、不利益な供述を拒否する権利(黙秘権)の正当な行使とは認められない。したがって、私文書偽造罪等の構成要件を充足し、憲法違反の問題も生じないといえる。
事件番号: 昭和62(あ)713 / 裁判年月日: 昭和62年9月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】交通事件原票の供述書欄に他人の氏名を冒書して他人名義の供述書を作成し、これを警察官に提出する行為は、不利益な供述を強要するものとはいえず、有印私文書偽造罪および同行使罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、交通違反の際に作成される交通事件原票の供述書欄において、自己の氏名ではなく他人の氏名を書…
結論
被告人の行為は、黙秘権の行使とは関係のない私文書偽造・同行使罪に該当し、有罪とする原判断は妥当である。
実務上の射程
自己の氏名を偽ること自体は軽犯罪法等の問題になり得るが、本判例は「他人の氏名を署名して指印する」という文書偽造行為まで及んだ場合に、それが黙秘権の限界を超えることを明示したものである。答案上では、黙秘権の限界や、偽名による文書作成の違法性を論じる際の根拠として活用できる。
事件番号: 昭和58(あ)1010 / 裁判年月日: 昭和58年11月2日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】交通反則切符の供述書欄に他人の氏名を冒用して署名指印し、これを警察官に提出する行為は、自己罪状の隠蔽を目的とするものであっても、私文書偽造罪及び同行使罪を構成し、憲法38条1項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は無免許運転を行っていたところ、その発覚を恐れ、実兄であるAになりすますことを決意…
事件番号: 昭和57(あ)98 / 裁判年月日: 昭和57年5月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】取調べにおいて他人の氏名を冒用する行為は、自己に不利益な供述を拒否する権利(黙秘権)の行使とは関係がなく、憲法38条1項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反の容疑で警察官等の取調べを受けた際、自己の真実の氏名を秘匿し、他人の氏名を冒用して供述した。これに対し、被告人側は当該氏名…
事件番号: 昭和57(あ)627 / 裁判年月日: 昭和57年9月10日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】取調に際して他人の氏名を冒用する行為は、自己に不利益な供述を強要されない権利を保障する黙秘権の行使とは関係がなく、憲法38条1項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反の容疑で取調べを受けた際、自己の氏名を秘匿し、他人の氏名を冒用して供述を行った。これに対し、被告人側は当該行為が黙…
事件番号: 昭和56(あ)1302 / 裁判年月日: 昭和56年12月22日 / 結論: 棄却
遁刑中であることが発覚するのを恐れて義弟と同一の氏名を使用して生活していた被告人が、右氏名を使用して交通切符中の供述書を作成した場合は、その氏名がたまたまある限られた範囲において被告人を指称するものとして通用していたとしても、私文書偽造罪が成立する。