他人の氏名を冒用して交通事故原票の供述書を作成した行為が黙秘権の行使と関係がないとして違憲の主張を欠前提で処理した事例
憲法38条1項
判旨
取調べにおいて他人の氏名を冒用する行為は、自己に不利益な供述を拒否する権利(黙秘権)の行使とは関係がなく、憲法38条1項に違反しない。
問題の所在(論点)
刑事手続における取調べの際、被告人が真実の氏名を秘匿して他人の氏名を冒用する行為は、憲法38条1項が保障する黙秘権の範囲に含まれるか。
規範
憲法38条1項が保障する黙秘権は、自己に不利益な供述を強制されない権利である。しかし、虚偽の事実を述べて積極的な虚偽供述を行うことや、他人の氏名を冒用する行為は、供述を拒否する権利(沈黙する自由)の行使には当たらない。
重要事実
被告人は道路交通法違反の容疑で警察官等の取調べを受けた際、自己の真実の氏名を秘匿し、他人の氏名を冒用して供述した。これに対し、被告人側は当該氏名冒用行為が黙秘権の行使に含まれるとして、その処罰等が憲法38条1項に違反すると主張して上告した。
あてはめ
黙秘権の本質は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し供述を拒むことができる点にある。本件において被告人が行った「他人の氏名を冒用する行為」は、単なる供述の拒絶にとどまらず、積極的な虚偽の情報の提供に相当する。このような他者へのなりすまし行為は、自己の供述を拒む自由の行使とは性質を異にするものであるから、黙秘権の保障の射程外といえる。
事件番号: 昭和57(あ)627 / 裁判年月日: 昭和57年9月10日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】取調に際して他人の氏名を冒用する行為は、自己に不利益な供述を強要されない権利を保障する黙秘権の行使とは関係がなく、憲法38条1項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反の容疑で取調べを受けた際、自己の氏名を秘匿し、他人の氏名を冒用して供述を行った。これに対し、被告人側は当該行為が黙…
結論
他人の氏名を冒用した行為は黙秘権の行使とは無関係であり、憲法38条1項違反には当たらない。
実務上の射程
氏名が黙秘権の対象となるかについては争いがあるが、本判例は「氏名冒用」という積極的な虚偽供述的行為については、黙秘権の行使として正当化されないことを明確にしている。答案上は、黙秘権の限界(虚偽供述の許容性)を論ずる際の有力な根拠となる。
事件番号: 昭和62(あ)713 / 裁判年月日: 昭和62年9月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】交通事件原票の供述書欄に他人の氏名を冒書して他人名義の供述書を作成し、これを警察官に提出する行為は、不利益な供述を強要するものとはいえず、有印私文書偽造罪および同行使罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、交通違反の際に作成される交通事件原票の供述書欄において、自己の氏名ではなく他人の氏名を書…
事件番号: 昭和52(あ)1521 / 裁判年月日: 昭和53年1月27日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】自己の無免許運転の発覚を防ぐため、他人の氏名を警察官に偽り告げ、供述書に当該他人の署名指印をして提出する行為は、黙秘権(憲法38条1項)の保障の範囲外であり、有印私文書偽造罪・同行使罪を構成する。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反の容疑で警察官から取調べを受けた。その際、自己の無免許運転が…
事件番号: 昭和58(あ)1010 / 裁判年月日: 昭和58年11月2日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】交通反則切符の供述書欄に他人の氏名を冒用して署名指印し、これを警察官に提出する行為は、自己罪状の隠蔽を目的とするものであっても、私文書偽造罪及び同行使罪を構成し、憲法38条1項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は無免許運転を行っていたところ、その発覚を恐れ、実兄であるAになりすますことを決意…
事件番号: 昭和50(あ)1971 / 裁判年月日: 昭和51年1月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法38条1項に規定される自己に不利益な供述の強要を主張するためには、客観的に供述を強要されたと認められる証跡が必要である。 第1 事案の概要:被告人が憲法38条1項に規定される黙秘権を侵害されたとして、供述が強要された旨を上告理由とした事案である。 第2 問題の所在(論点):被告人が供述を強要さ…