他人の氏名を冒用して交通切符の供述書を作成した行為に私文書偽造、同行使罪の成立を認めることが不利益な供述を強要するものでないとして違憲の主張を欠前提で処理した事例
憲法38条1項
判旨
交通反則切符の供述書欄に他人の氏名を冒用して署名指印し、これを警察官に提出する行為は、自己罪状の隠蔽を目的とするものであっても、私文書偽造罪及び同行使罪を構成し、憲法38条1項に違反しない。
問題の所在(論点)
自己の無免許運転が発覚することを恐れて他人の氏名を冒用し、交通反則切符中の供述書を偽造・行使した行為につき、有印私文書偽造罪・同行使罪の成立を認めることは、憲法38条1項の自己に不利益な供述の強要禁止に抵触しないか。
規範
憲法38条1項の自己に不利益な供述の強要禁止は、虚偽の文書を作成し、これを提出する行為について刑事責任を問うことを妨げるものではない。他人の名義を冒用して私文書を偽造し、これを行使する行為については、その目的が自己の犯罪の発覚を免れるためであっても、正当な防御権の範囲を逸脱するものとして、私文書偽造罪・同行使罪(刑法159条1項、161条1項)が成立する。
重要事実
被告人は無免許運転を行っていたところ、その発覚を恐れ、実兄であるAになりすますことを決意した。被告人は警察官から提示された交通反則切符の供述書欄に、Aの氏名を記入して署名指印し、あたかもAが作成したかのような私文書を作成した上で、これを当該警察官に提出(行使)した。
あてはめ
被告人の行為は、実兄Aという他人の名義を冒用して供述書という私文書を作成し、これを行使したものである。この行為に対して刑事罰を科すことは、被告人に対して「不利益な供述」を強要するものではなく、あくまで虚偽の文書を他人の名義で作成したという外形的な偽造・行使行為を処罰するものである。したがって、黙秘権の保障や自己負罪拒否特権の範囲には含まれず、刑法上の構成要件を充足する以上、同罪の成立を認めるべきである。
事件番号: 昭和62(あ)713 / 裁判年月日: 昭和62年9月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】交通事件原票の供述書欄に他人の氏名を冒書して他人名義の供述書を作成し、これを警察官に提出する行為は、不利益な供述を強要するものとはいえず、有印私文書偽造罪および同行使罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、交通違反の際に作成される交通事件原票の供述書欄において、自己の氏名ではなく他人の氏名を書…
結論
被告人の所為につき私文書偽造、同行使の各罪の成立を認めることは、憲法38条1項に違反しない。したがって、被告人には有印私文書偽造罪及び同行使罪が成立する。
実務上の射程
交通反則切符への署名・指印という典型的な場面における他人の名義冒用を処罰する根拠として活用できる。黙秘権や自己負罪拒否特権は「他人の氏名を使用して公的書類を偽造すること」までを保障するものではないという限界を示す射程を持つ。答案上は、文書偽造罪の成否を論じる際の違法性阻却や憲法的正当化の反論に対する再反論として用いる。
事件番号: 昭和52(あ)1521 / 裁判年月日: 昭和53年1月27日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】自己の無免許運転の発覚を防ぐため、他人の氏名を警察官に偽り告げ、供述書に当該他人の署名指印をして提出する行為は、黙秘権(憲法38条1項)の保障の範囲外であり、有印私文書偽造罪・同行使罪を構成する。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反の容疑で警察官から取調べを受けた。その際、自己の無免許運転が…
事件番号: 昭和57(あ)627 / 裁判年月日: 昭和57年9月10日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】取調に際して他人の氏名を冒用する行為は、自己に不利益な供述を強要されない権利を保障する黙秘権の行使とは関係がなく、憲法38条1項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反の容疑で取調べを受けた際、自己の氏名を秘匿し、他人の氏名を冒用して供述を行った。これに対し、被告人側は当該行為が黙…
事件番号: 昭和57(あ)98 / 裁判年月日: 昭和57年5月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】取調べにおいて他人の氏名を冒用する行為は、自己に不利益な供述を拒否する権利(黙秘権)の行使とは関係がなく、憲法38条1項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反の容疑で警察官等の取調べを受けた際、自己の真実の氏名を秘匿し、他人の氏名を冒用して供述した。これに対し、被告人側は当該氏名…
事件番号: 昭和56(あ)1302 / 裁判年月日: 昭和56年12月22日 / 結論: 棄却
遁刑中であることが発覚するのを恐れて義弟と同一の氏名を使用して生活していた被告人が、右氏名を使用して交通切符中の供述書を作成した場合は、その氏名がたまたまある限られた範囲において被告人を指称するものとして通用していたとしても、私文書偽造罪が成立する。