判旨
業務上横領罪の成否に関し、被告人が代金を着服したとする被害者供述に依拠して有罪とした原判決に対し、客観的事実や他の証拠との矛盾を十分に検討しないまま事実認定を行ったことは、判決に影響を及ぼすべき審理不尽の違法があるとして破棄した。
問題の所在(論点)
被害者(A)の「代金を受け取っていない」という供述の信用性が、客観的な現金の流れという間接事実によって揺るいでいる状況において、詳細な検討を加えずに横領の事実を認定できるか。また、そのような審理の不備が刑訴法411条1号の破棄事由に当たるか。
規範
刑事訴訟において有罪の認定を行うには、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であり、直接証拠としての供述が存在する場合であっても、その信用性を判断するにあたっては客観的状況や他の証拠との整合性を十分に検討しなければならない。これらの検討を尽くさずに有罪を維持することは、判決に影響を及ぼすべき審理不尽(刑訴法411条1号)に該当する。
重要事実
被告人は、Aから乗用車の売却を依頼され、売却代金40万円のうち手数料を除く35万円を保管中、Aからの支払請求を拒否して横領したとして起訴された。被告人は一貫して「35万円は現金で手交した」と主張。一方、Aは「受領していない」と供述していた。原審は、Aの供述がこの点において一貫していることを理由に被告人の主張を排斥した。しかし、記録上、被告人が銀行から35万円を払い戻した当日、倒産寸前で現金がなかったはずのAの会社周辺で、Aが同額程度の現金を送金や不渡小切手の買戻しに充てていた客観的事実が判明していた。
あてはめ
まず、被告人が銀行から35万円を払い戻した事実と、同日にAが合計34万円もの多額の現金を銀行送金等に充てている事実は、時間的・金額的に極めて密接に関連している。次に、Aの会社の経理状況からみて、Aが他からこれだけの現金を入手できた合理的な説明がなされていない以上、この資金は被告人から手交されたものと推認するのが相当である。しかるに原判決は、Aの供述が変遷していないという一点のみを重視し、これら客観的証拠との矛盾を看過して被告人の主張を信用できないとした。これは証拠評価における論理則・経験則に照らし不合理であり、審理を尽くしたものとはいえない。
結論
被告人が代金の引渡しを拒否して着服したと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすべき審理不尽の違法があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
事件番号: 昭和27(あ)5976 / 裁判年月日: 昭和33年9月19日 / 結論: 破棄差戻
一 争議行為における職場放棄中の賃金一人あたり金二六円余、八五名分合計金二千余円を給料中から控除することに反対するために、その主張貫徹の手段として会社所有の金銭の使用を阻止すべく、会社の意に反して、集金にかかる会社所有の電気料金合計金九百余万円を会社に引き渡さないで抑留し、しかも、抑留限度等につき何等顧慮することなく、…
実務上の射程
事実認定の局面において、供述の「一貫性」のみを重視し、客観的な物的証拠や状況証拠との矛盾を軽視した原判決を是正した事例である。司法試験の答案作成においては、刑事訴訟法の「審理不尽・理由不備」や、事実認定における「合理的な疑い」の有無を論述する際、客観的証拠(本件では現金の動き)が供述の信用性を弾劾する決定的な要素になり得ることを示す資料として活用できる。
事件番号: 昭和29(あ)514 / 裁判年月日: 昭和30年12月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】起訴状に検察官の適式な訂正印等がない加筆修正は無効であり、裁判所が当該修正後の事実に即して自白の有無を判断し、異なる態様の横領事実を認定することは採証法則に違反し得るが、本件では実質的な法令違反の主張に留まり上告理由には当たらない。 第1 事案の概要:被告人は会社が所有する自動二輪車の販売代金を業…
事件番号: 昭和35(あ)2252 / 裁判年月日: 昭和40年3月16日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】判決の基礎となる重要な証拠を適法に証拠採用せず、その証拠を手がかりにしなければ犯罪事実の証明が十分でない場合に、その認定事実を是認することは、理由の食い違いまたは事実認定に関する証拠法則違背に当たり、著しく正義に反する。 第1 事案の概要:被告人が相被告人Iと共謀して手形割引詐欺等を行ったとして起…
事件番号: 昭和52(あ)665 / 裁判年月日: 昭和55年8月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人の供述調書の任意性については、原審が検察官に対する供述等の経緯を総合的に判断して肯認した以上、憲法38条2項に違反するとはいえない。 第1 事案の概要:被告人Cは、検察官の取調べに対し犯行を認める供述を行い、その結果が供述調書として作成された。弁護側は、当該調書の作成過程において、本人の自由…