かねてから高度の高血圧症患者として医師の治療を受けていた被害者(当時四八年の女性)が、被告人に左手掌で右頬部を強打されたため、いたく憤激し、執拗にその不法を難詰しているにつれて、興奮の度を増して行き、ために同女の血圧を急激に上昇せしめ、よつて間もなく(二四時間以内)同女をして脳内出血を惹起せしめ、その結果その後約一二日余で死亡せしめるに至つたという事実関係の下では被告人の暴行と被害者の死亡との間に因果関係がある。
高度の高血圧症患者の頬部を強打する行為と死の結果に対する因果関係の存否。
刑法205条1項
判旨
暴行により被害者が激昂し、持病の高血圧症が悪化して脳内出血で死亡した場合において、暴行と死亡との間に因果関係を認めるのが相当である。
問題の所在(論点)
被告人が行った暴行(実行行為)と被害者の死亡(結果)との間に、被害者の激昂および持病(高血圧症)という介在事情がある場合に、刑法上の因果関係が認められるか。
規範
刑法上の因果関係は、実行行為と結果との間に、単なる条件関係があるのみならず、その行為からその結果が発生することが経験則上相当であるといえる場合に認められる(相当因果関係)。行為当時に存在した被害者の特異体質(持病)が結果発生に寄与していたとしても、行為から結果が発生するまでの過程において媒介した事情が、行為から誘発されたものであり、かつ結果に対する寄与度が大きい場合には、因果関係は否定されない。
重要事実
被告人は、48歳の女性である被害者の右頬部を左手掌で強打した。被害者はかねてより高度の高血圧症患者として医師の治療を受けていたが、この暴行によって激しく憤激し、執拗にその不法を難詰した。その際、被害者は興奮の度を増していき、それにより血圧が急激に上昇した。その結果、暴行から24時間以内に脳内出血を惹起し、約12日後に死亡するに至った。
あてはめ
被告人の暴行自体は手のひらで頬を打つという比較的軽微なものであったが、これが引き金となって被害者の執拗な難詰と激しい興奮を招いている。このように、暴行から死亡の直接の原因となった脳内出血に至る過程(血圧の急激な上昇)は、被告人の暴行によって誘発された一連の流れであると評価できる。被害者に高度の高血圧症という特異な体質があったとしても、被告人の暴行が被害者の精神的興奮を引き起こし、持病を悪化させて死に至らしめた以上、暴行と死亡との間には相当な関連性があるといえる。
結論
被告人の暴行と被害者の死亡との間には因果関係が認められ、傷害致死罪が成立し得る。
実務上の射程
被害者の持病や激昂という介在事情がある事案において、それらが実行行為によって誘発されたものであれば、行為の危険性が結果へと現実化したものとして因果関係を肯定する実務上の先例となる。司法試験では「危険の現実化」の枠組みで論じる際、介在事情が実行行為から誘発されたものである点を強調する根拠として活用できる。
事件番号: 昭和28(あ)2315 / 裁判年月日: 昭和28年9月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】暴行による傷害と死因との関係において、被害者の持病や搬送時の不手際といった介在事情があったとしても、暴行が死因に直接的または複合的に影響を与えている限り、刑法上の因果関係は否定されない。 第1 事案の概要:被告人Bおよび共同被告人Cは、被害者Aに対して下駄を用いるなどの暴行を加え、後頭部に腫瘤を生…