判旨
交通事故の報告義務(道路交通取締法施行規則67条2項、現行法72条1項後段)において「事故の内容」の報告を課すことは、憲法38条1項の自己負罪拒否特権および憲法31条の適正手続に違反しない。
問題の所在(論点)
交通事故の加害運転者に対し、事故の内容を警察官に報告させる義務を課すことが、憲法38条1項(自己負罪拒否特権)および憲法31条(適正手続の保障)に違反するか。
規範
交通事故発生時における「事故の内容」の報告義務は、被害者の救護や道路における危険防止、円滑な交通の確保といった行政上の目的を達成するために課されるものである。このような公共の福祉に基づく合理的な制約は、自己に不利益な供述を強要されない権利(憲法38条1項)や、適正な手続によらなければ刑罰を科されないとする原則(憲法31条)を侵害するものではない。
重要事実
被告人は、自動車を運転中に業務上の過失により事故(致死)を発生させたが、負傷者の救護や道路上の危険防止といった必要な措置を講じず、かつ直ちに事故の内容を警察官に報告することなく、運転を継続して現場を立ち去った。この行為が道路交通取締法違反(救護義務・報告義務違反)および業務上過失致死罪に問われた。被告人側は、報告義務が自己負罪拒否特権等を定めた憲法に違反すると主張して上告した。
あてはめ
最高裁は、先行する大法廷判決(昭和37年5月2日判決)を引用し、報告義務が憲法38条1項に違反しないことを確認した。その趣旨に照らせば、事故の内容を報告させることは、事後の交通秩序の維持や被害者保護といった行政警察上の要請に基づくものであり、犯罪捜査を直接の目的とするものではない。したがって、法が定める報告義務の手続は合理的であり、憲法31条の適正手続の観点からも許容されると判断される。本件被告人が事故発生後に報告せず立ち去った行為に罰則を適用することは、憲法上正当である。
結論
道路交通関係法令が定める事故の報告義務は、憲法38条1項および憲法31条に違反しない。したがって、被告人の報告義務違反を処罰した原判決は正当である。
事件番号: 昭和35(あ)636 / 裁判年月日: 昭和37年5月2日 / 結論: その他
一 道路交通取締法施行令第六七条第二項にいう「事故の内容」とは、その発生した日時、場所、死傷者の数及び負傷の程度並に物の損壊及びその程度等交通事故の態様に関する事項を指すものと解すべきである。 二 同条項中事故の内容の報告義務を定めた部分は、憲法第三八条第一項に違反しない。
実務上の射程
交通犯罪における報告義務の憲法適合性を裏付ける重要判例である。現行の道路交通法72条1項後段の報告義務についても同様の論理が維持されており、答案上では、行政目的のための義務課長と、その反射的効果としての刑事責任への影響(自己負罪との関係)を区別する際に、本判決(および引用されている大法廷判決)を根拠として示すのが一般的である。
事件番号: 昭和49(あ)2739 / 裁判年月日: 昭和50年4月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】道路交通法72条1項後段に規定される交通事故の報告義務は、憲法38条1項の自己に不利益な供述を強要されない権利に違反しない。 第1 事案の概要:上告人は、交通事故を起こした際に道路交通法72条1項後段に基づく事故報告を行わなかった。これに対し、当該報告義務の規定が憲法38条1項(自己負罪拒否特権)…
事件番号: 昭和46(あ)1143 / 裁判年月日: 昭和46年9月14日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】道路交通法72条1項後段の規定による報告義務は、自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項の供述を強制するものではないから、憲法38条1項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は自動車の運転中に事故を起こしたが、道路交通法72条1項後段に規定された警察官への報告義務を履行しなかった。これに対し…
事件番号: 昭和50(あ)2128 / 裁判年月日: 昭和51年1月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】道路交通法72条1項後段に基づく事故報告義務は、刑事責任を問われるおそれのある事項の報告までを強制するものではないため、憲法38条1項の自己負罪拒否特権に抵触しない。 第1 事案の概要:上告人は、交通事故を起こした際に、道路交通法72条1項後段の規定に基づき警察官等に事故の状況を報告すべき義務を怠…
事件番号: 昭和53(あ)437 / 裁判年月日: 昭和53年9月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】道路交通法72条1項後段の報告義務は、憲法38条1項の自己負罪拒否特権に違反しない。報告内容は事故の事実確認等の応急措置に必要な範囲に限られ、刑事責任を直接追及するものではないためである。 第1 事案の概要:被告人は道路交通法違反(ひき逃げ・報告義務違反等)に問われた。弁護人は、交通事故を起こした…