判旨
密出国のように犯罪の具体的顛末の確認が困難な特殊事情がある場合、公訴事実は、審判対象の画定及び被告人の防御の範囲の提示という目的を害さない限りの幅のある表示であっても、刑事訴訟法256条3項にいう特定を欠くものではない。
問題の所在(論点)
犯罪の日時・場所・方法が極めて抽象的に記載された起訴状について、刑事訴訟法256条3項の公訴事実の特定を欠き、無効となるか。
規範
公訴事実の特定(刑事訴訟法256条3項)が求められる目的は、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防御の範囲を示すことにある。したがって、犯罪の日時、場所及び方法は、犯罪の種類・性質上これを詳らかにできない特殊事情がある場合には、右法の目的を害さない限りの幅のある表示であっても、特定を欠く違法はないと解すべきである。
重要事実
被告人は昭和28年5月頃から同35年1月頃までの間に、有効な旅券に出国の証印を受けないで本邦から中国へ出国したとして、出入国管理令違反で起訴された。起訴状では、犯罪日時が「6年余の期間内」とされ、場所も単に「本邦より」とされ、方法は具体的に表示されていなかった。第一審の冒頭陳述では、出国前後の居住状況や帰国時の事実関係が補足説明されたが、出国自体の具体的態様は不明なままであった。
あてはめ
本件のような密出国で、外交関係のない国へ赴いた事案では、出国の具体的顛末を確認することは極めて困難であり「特殊事情」が認められる。また、起訴状の記載に加えて冒頭陳述により、被告人が一定期間内に不法出国し、帰国するまで継続的に国外にいたという事実関係が示されており、裁判所の審判対象は明らかである。さらに、これにより被告人の防御の範囲もおのずから限定されており、防御に実質的な障害を与えるおそれはないといえる。
結論
本件公訴提起は、公訴事実の特定を欠く無効なものとはいえず、適法である。
実務上の射程
起訴状に幅のある記載(概括的記載)が許容されるための「特殊事情」と「防御権侵害の有無」の判断枠組みを示す。密入出国や薬物事犯など、隠密に行われ詳細な特定が困難な犯罪の答案において、256条3項の論証として活用できる。
事件番号: 昭和35(あ)2203 / 裁判年月日: 昭和38年1月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】犯罪の性質上、日時、場所、方法を詳らかにできない特殊事情がある場合には、公訴事実の特定を目的とする刑事訴訟法256条3項の趣旨を害しない限りの幅のある表示も許容される。本件密出国の事案では、詳細な特定が困難であり、起訴状や公判での陳述から審判対象が明確であれば、被告人の防御に実質的障害を与えず、公…