判旨
犯罪の性質上、日時、場所、方法を詳らかにできない特殊事情がある場合には、公訴事実の特定を目的とする刑事訴訟法256条3項の趣旨を害しない限りの幅のある表示も許容される。本件密出国の事案では、詳細な特定が困難であり、起訴状や公判での陳述から審判対象が明確であれば、被告人の防御に実質的障害を与えず、公訴事実は特定されていると解される。
問題の所在(論点)
刑事訴訟法256条3項に基づく公訴事実の特定において、犯罪の日時、場所、方法を詳細に特定できない特殊事情がある場合、どの程度の概括的記載が許容されるか。また、本件のような密出国の事案において、被告人の防御に実質的な障害が生じないといえるか。
規範
刑事訴訟法256条3項が公訴事実に日時、場所及び方法の明示を求める趣旨は、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防御の範囲を示すことにある。したがって、犯罪の性質上これらを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、右の法の目的を害さない限りの幅のある表示をしても、公訴事実が特定されていないという違法はない。
重要事実
被告人は、昭和28年8月下旬から昭和29年8月下旬までの間に、有効な旅券に出国の証印を受けないで、日本から中国に出国したとして起訴された(出入国管理令違反)。起訴状では、犯罪日時に約1年の幅があり、場所は単に「本邦より」とされ、具体的な出国方法も記載されていなかった。検察官は公判において、被告人が昭和28年8月頃まで日本に居住しその後所在不明となったことや、昭和34年に帰国した事実を陳述し、その間の不法出国を主張した。
あてはめ
本件密出国のように、国交未回復の国へ密かに出国した事案では、具体的顛末の確認が極めて困難であり、詳細を特定できない「特殊事情」が認められる。起訴状の記載に加え、検察官の公判における冒頭陳述等の内容を総合すれば、裁判所が審判すべき対象は自ずから明らかである。また、被告人の防御の範囲もこれによって限定されるため、日時に幅があり場所・方法が概括的であっても、被告人の防御に実質的な障害を与えるおそれはないといえる。
結論
本件起訴状の記載は、刑事訴訟法256条3項の定める公訴事実の特定に欠けるところはなく、有効である。
実務上の射程
公訴事実の特定に関するリーディングケースである。答案上では、犯行が長期間にわたる場合や隠密裏に行われる犯罪(密輸、薬物犯罪、本件のような密出国等)において、日時等の概括的記載の可否を検討する際の判断枠組みとして用いる。判断の際は「特殊事情の有無」と「防御への実質的障害の有無」の二点から論じる。
事件番号: 昭和34(あ)823 / 裁判年月日: 昭和38年1月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑事訴訟法256条3項が公訴事実の特定を求める趣旨は、審判対象の限定と被告人の防御範囲の明示にある。密出国のように出国の具体的顛末の確認が極めて困難な特殊事情がある場合には、被告人の防御に実質的な不利益を与えない限り、日時・場所・方法を幅のある表示としても事実の特定に欠けるものではない。 第1 事…