判旨
刑事訴訟法256条3項が公訴事実の特定を求める趣旨は、審判対象の限定と被告人の防御範囲の明示にある。密出国のように出国の具体的顛末の確認が極めて困難な特殊事情がある場合には、被告人の防御に実質的な不利益を与えない限り、日時・場所・方法を幅のある表示としても事実の特定に欠けるものではない。
問題の所在(論点)
訴因の特定(刑訴法256条3項)。密出国事案において、日時、場所、方法を極めて概括的に記載した起訴状は、訴因の特定を欠き無効ではないか。
規範
刑訴法256条3項が、起訴状に訴因を特定すべきものとした趣旨は、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防御の範囲を示すことにある。したがって、犯罪の日時、場所及び方法は、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、右法の目的(審判対象の限定と防御権の行使)を害さない限りの幅のある表示をしても、直ちに罪となるべき事実を特定しない違法があるとはいえない。
重要事実
被告人は、有効な旅券に出国の証印を受けないで、ソビエト連邦に向け密出国したとして起訴された。起訴状では、日時は「昭和27年3月上旬頃より翌28年10月中旬頃までの間」という約1年7か月余の幅があり、場所は単に「本邦より」、方法は「具体的な表示なし」とされていた。検察官は冒頭陳述において、被告人が国内にいた事実、その後にモスクワから絵葉書が届いた事実、後に帰国した事実等を挙げ、不法出国の事実を摘示した。
あてはめ
密出国のように、当時外交関係がない国へ赴いた事案では、出国の具体的顛末を確認することが極めて困難であり「特殊事情」が認められる。本件では、起訴状の記載に加え、第一審第1回公判の冒頭陳述によって、審判対象は自ずから明らかであり、被告人の防御の範囲も限定されている。したがって、日時等に幅があっても、被告人の防御に実質的な障碍を与えるおそれはないため、訴因は特定されているといえる。
結論
本件起訴状の記載は、特殊事情の下で審判対象を限定し防御の範囲を明示しており、刑訴法256条3項に違反しない。
実務上の射程
訴因の特定が争われる事案(特に日時が不明な場合)でのリーディングケース。答案では、特定の要否を「識別機能(審判対象の限定)」と「防御機能」の観点から論じ、本判例の「特殊事情」と「防御への実質的障碍の有無」という枠組みを用いる。冒頭陳述等の公判段階での補充を考慮して特定の成否を判断する際にも参照される。
事件番号: 昭和35(あ)2203 / 裁判年月日: 昭和38年1月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】犯罪の性質上、日時、場所、方法を詳らかにできない特殊事情がある場合には、公訴事実の特定を目的とする刑事訴訟法256条3項の趣旨を害しない限りの幅のある表示も許容される。本件密出国の事案では、詳細な特定が困難であり、起訴状や公判での陳述から審判対象が明確であれば、被告人の防御に実質的障害を与えず、公…