一 申告納税制度の下における所得の申告の如く、憲法の規定する納税義務を前提とし、その税額を決定するために所得の申告を求めるが如きは、憲法第三八条第一項にいう「自己に不利益な供述」に当らない(昭和二七年(あ)第八三八号同三二年二月二〇日大法廷判決、刑集一一巻二号八〇二頁参照)。 二 原判決が、被告人と共謀して所得税を逋脱したとされている者が、組合員として組合から支給されていた給与所得に対し源泉徴収により納付した税額を逋脱額の算定に際し差し引かなかつた第一審判決は違法であると認めながら、右の差し引かれるべき額が逋脱額に比し些少であるから、判決に影響を及ぼすこと明らかである場合に当らないと判断したことは、相当であり、仮りに、右違法が判決に影響を及ぼすべきものとしても、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないから、論旨は理由がない。
一 所得の申告と憲法第三八条第一項にいう「自己に不利益な供述」。 二 所得税逋脱額の算定に関する第一審判決の違法が、判決に影響を及ぼすこと明らかである場合にあたらないとされ、また、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められないとされた事例。
所得税法(昭和28年法律91号による改正前のもの)26条1項,所得税法(昭和28年法律91号による改正前のもの)69条1項,憲法38条1項,刑訴法397条,刑訴法411条
判旨
申告納税制度における所得の申告は、納税義務を前提とした税額決定のための手続であり、憲法38条1項にいう自己に不利益な供述の強要には当たらない。
問題の所在(論点)
申告納税制度において納税義務者が自己の所得を申告することが、憲法38条1項の保障する自己負罪拒否特権(黙秘権)を侵害し、違憲といえるか。
規範
憲法38条1項は、何人も自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障するものである。もっとも、申告納税制度に基づき、納税義務を前提として税額を決定するために所得の申告を求めることは、同条項にいう「自己に不利益な供述」には当たらない。
重要事実
被告人は、所得税法違反(脱税)および公務執行妨害の罪で起訴された。弁護人は、所得の申告を強制することが自己に不利益な供述を強要するものであり、憲法38条1項に違反すると主張した。また、実質課税の原則に基づく納税義務の決定が所得税法3条の2の遡及適用に当たり憲法39条等に違反する点や、捜索・差押手続の違法性についても争った。
あてはめ
申告納税制度は、国民の納税義務という公法上の義務を適正に履行させるための制度である。所得の申告は、あくまで税額を適正に算出・決定するための手段として求められるものであり、最初から刑事責任を追及することを目的とした供述の強制とは性質を異にする。したがって、税法上の申告義務を課すことは、刑事上の不利益な供述を強要するものとは解されない。
結論
所得の申告を求めることは憲法38条1項に違反しない。したがって、適法な申告義務を前提とした被告人の処罰は合憲である。
実務上の射程
行政上の義務履行を目的とする報告・申告義務が刑事上の自己負罪拒否特権と衝突する事案のリーディングケースである。判例は、刑事手続に直接結びつかない行政目的の申告については憲法38条1項の適用を限定的に解しており、答案上は、制度の目的(税額決定)と刑事責任追及の区別に着目して論じるべきである。
事件番号: 昭和35(あ)658 / 裁判年月日: 昭和35年8月4日 / 結論: 棄却
法人税法(昭和二九年法律第三八号による改正前のもの)第一八条第一項は憲法第三八条第一項に違反しない。