収税官吏が犯罪嫌疑者に対し質問するに当つて、供述拒否権のあることをあらかじめ告知しなかつたからといつて、その質問手続が憲法第三八条に違反するものでないことは当裁判所の判例(昭和二二年(れ)第一〇一号同三三年七月一四日大法廷判決、刑集二巻八号八四六頁・昭和二三年(れ)第一〇一〇号同二四年二月九日大法廷判決、刑集三巻二号一四六頁・昭和二五年(れ)第一〇八二号同年一一月二一日第三小法廷判決、刑集四巻一一号二三五九頁・昭和二六年(あ)第二四三四号同二八年四月一四日第三小法廷判決、刑集七巻四号八四一頁)の趣旨に徴して明らかである。
収税官吏が供述拒否権を告知しないで質問することは憲法第三八条に違反するか。
刑訴法198条2項,刑訴法311条,憲法38条,旧地方税法(昭和29年法律95号による改正前のもの)79条
判旨
行政調査としての性質を有する収税官吏による質問手続において、供述拒否権をあらかじめ告知しないことは、憲法38条1項に違反しない。
問題の所在(論点)
収税官吏による犯罪嫌疑者への質問に際し、あらかじめ供述拒否権(黙秘権)を告知しなかった場合、その手続は憲法38条1項に違反するか。
規範
憲法38条1項は、何人も自己に不利益な供述を強要されないことを保障しているが、国税犯則取締法に基づく収税官吏の質問手続において、あらかじめ供述拒否権の告知を必要とするものではない。供述の強要にあたるか否かは、答弁をしなければ刑罰上の制裁を受ける等の直接的な強制が存するかといった実質的な状況により判断される。
重要事実
被告人は地方税法違反等の疑いで収税官吏の調査を受け、その際作成された質問顛末書等が証拠として採用された。弁護人は、国税犯則取締法が刑訴法198条2項(黙秘権告知)と同旨の規定を有しないことを理由に、告知なしになされた質問手続が憲法38条1項に違反し、当該自白の任意性が欠如していると主張して上告した。
あてはめ
本件において、収税官吏が犯罪嫌疑者に対し質問するに当たって供述拒否権があることをあらかじめ告知しなかったとしても、そのこと自体で直ちに質問手続が憲法38条1項に違反するとはいえない。また、記録上、被告人が質問に対して答弁をしなければ刑罰上の制裁を受けるなどしてその供述を強要されたと認めるべき証跡も存在しない。したがって、告知の欠如が直ちに不当な強制に結びつくものではなく、自白の任意性を疑うべき事情はないと解される。
結論
収税官吏による質問手続において、黙秘権の告知を欠いたとしても憲法38条1項には違反せず、その供述は証拠能力を否定されない。
実務上の射程
行政調査から刑事手続へ移行する過程での供述の取扱いに関する射程を有する。川崎民商事件(最判昭47.11.22)等の先駆けとなる判例であり、行政手続においては原則として黙秘権告知が憲法上の要請ではないことを示す際に引用する。
事件番号: 昭和58(あ)180 / 裁判年月日: 昭和59年3月27日 / 結論: 棄却
一 憲法三八条一項の規定による供述拒否権の保障は、国税犯則取締法上の犯則嫌疑者に対する質問調査の手続にも及ぶ。 二 国税犯則取締法上の質問調査の手続につき、同法に供述拒否権告知の規定がなく、また、犯則嫌疑者に対しあらかじめ右の告知がされなかつたからといつて、その質問調査の手続が憲法三八条一項に違反するものとはいえない。