判旨
放火罪における「焼損」とは、火が媒介物を離れて目的物に燃え移り、独立して燃焼を継続するに至った状態(独立燃焼説)を指す。また、有罪判決において故意の有無を判示する際、確定的故意か未必的故意かという態様まで明示する必要はない。
問題の所在(論点)
1. 放火罪における「焼損」の意義(既遂時期)と、柱や板壁が焼けた場合の既遂判断。 2. 有罪判決において、故意が「確定的」か「未必的」かという態様まで判示する必要があるか。
規範
刑法108条等の放火罪における既遂時期(焼損)については、火が媒介物を離れて建物等の目的物に燃え移り、それが独立して燃焼を継続するに至った状態(独立燃焼)に達したことをもって既遂と解する。また、故意の内容については、結果に対する認識があれば足り、確定的故意か未必的故意かの態様を判決文に明示する法的根拠はない。
重要事実
被告人らは共謀の上、家屋に放火した。現場の状況は、浴場と炊事場を仕切る約8センチメートル角の柱、およびこれに隣接する幅約21センチメートルの板壁の上部約160センチメートルの範囲が、単なる燻焼(くんしょう)の程度を超えて焼燬(しょうき)されていた。弁護人は、本件は未遂にとどまること、および一審判決が故意の態様(確定的か未必的か)を判示していないことを理由に上告した。
あてはめ
1. 本件では、家屋の構造を支える重要な一部である柱や、これと一体となった板壁が、単に焦げた(燻焼)だけでなく、相当の範囲にわたって焼燬されている。この状態は、火が点火源を離れて建物自体に燃え移り、自ら燃え続ける「独立燃焼の状態」に達したものと認められる。したがって「焼損」にあたり、既遂が成立する。 2. 故意については、被告人らが本件焼燬の結果について認識を有していたことが証拠上認められれば足りる。確定的故意か未必的故意かという法的評価の区別を判決に明示しなくとも、犯罪事実の判示として欠けるところはない。
結論
被告人らの行為は放火罪の既遂に該当する。また、故意の態様を明示しなかった一審判決に違法はなく、上告を棄却する。
実務上の射程
放火罪の既遂時期について「独立燃焼説」を採用した確立した判例である。建物の一部(柱や壁)が燃焼した事実があれば、その部位の重要性に関わらず、独立して燃焼を継続し得る状態なら既遂を認める実務の基準となる。また、故意の判示に関する判断は、実行行為時に結果発生を認識していれば足りるという実務上の簡略な事実認定のあり方を肯定している。
事件番号: 昭和29(あ)2390 / 裁判年月日: 昭和33年4月25日 / 結論: 破棄差戻
放火被告事件の控訴審において、被告人の自白する放火の手段方法では独立燃焼を合理的に認められないとの主張を排斥するにあたり、一審における受命裁判官の右放火手段方法の検証調書の記載(実験の結果)は独立燃焼の結果を生じなかつたにかかわらず、この点についての鑑定を含む証拠調の請求を却下し、単に、右実験の結果によれば、被告人自白…