被告人が公訴事実一の別表一(3)ないし(6)及び二ないし八の寒冷地手当、退職手当、税金立替金等の各支出行為をなしたる事実が適法に認定されるにおいては、たとえそれが原審の支持する第一審判決認定の如き特別事情の下において行われたものであつても、これにより右支出行為が業務上横領の犯意を欠くものとし又は刑法三五条ないし三九条の規定により犯罪の不成立を来たすものとし、これを罪とならないものと解することはできない。 註。配炭公団の役職員のした寒冷地手当、退職手当、税金立替金等の不法支出につき、第一審判決は、当時の経済情勢、同公団の性格、任務、同公団従業員組合の性格及びその経済的要求に関する労働攻勢その他諸般の情況から右各所為は、真にやむを得ざるに出でたものであつて、他の適法行為に出ずべきことを到底期待し得なかつた事情にあつたものと認め無罪の言渡をなし、第二審判決は、期待可能性の理論については大いに論議の存するところであろうが、社会一般の道義観念に照らし非難すべからざる真にやむを得ざるにいでた右行為は、法律上罪とならざるものといわねばならないとした。なお判文参照。
配炭公団の役職員のした寒冷地手当、退職手当、税金立替等の不法支出につき期待可能性なしとして無罪を言い渡した原判決を破棄し、業務上横領罪の成立を認めた事例
刑法253条,刑法35条,刑法38条1項
判旨
業務上横領罪が成立する場合において、当時の経済情勢や労働攻勢等の特別の事情があることを理由に、期待可能性の欠如を認めて犯罪の成立を否定することはできない。違法性阻却事由や責任阻却事由に関する刑法の明文規定(35条〜39条)に該当しない限り、適法行為の期待可能性がないとしても犯罪は成立する。
問題の所在(論点)
刑法に明文規定のない「期待可能性の理論」に基づき、構成要件に該当する行為の責任を阻却し、犯罪の成立を否定することができるか。
規範
刑法35条(正当行為)から39条(心神喪失等)までの規定により犯罪の不成立を来たすものと認められる場合や、構成要件的過失(犯意)を欠く場合を除き、事実関係が構成要件に該当する以上、たとえ「適法行為に出ることを到底期待し得なかった」という特別の事情があっても、直ちに責任阻却を認めて犯罪の成立を否定することはできない。
重要事実
配炭公団の責任者である被告人両名が、終戦直後の混乱した経済情勢下において、従業員組合による激しい労働攻勢(ストライキの予兆)に直面した。被告人らは、熱源の分断から国の基幹産業を守り争議を回避するため、公団の資金を不当に支出したとして業務上横領罪で起訴された。第一審及び原審は、当時の諸般の事情に照らせば、通常人であっても適法行為をなすことを到底期待し得なかった(期待可能性の欠如)として、無罪を言い渡した。
あてはめ
被告人らが公訴事実記載の支出行為をなした事実が認められる場合、それが当時の経済情勢、公団の任務、労働攻勢等の「特別の事情」の下で行われたものであっても、それにより直ちに業務上横領罪の「犯意」を欠くものとはいえない。また、かかる事情は刑法35条から39条が定める超法規的ないし明文の違法性・責任阻却事由にも該当しない。したがって、原審が「期待なくして責任を追及するのは社会一般の道義観念に反する」として期待可能性の理論により犯罪の成立を否定したことは、法令の解釈適用を誤った不相当なものである。
結論
被告人らの行為について、期待可能性の欠如を理由に無罪とした原判決は失当であり、破棄・差し戻しを免れない。
実務上の射程
最高裁が期待可能性の理論の一般論としての採用に極めて慎重、あるいは否定的な立場を示した重要な判例である。司法試験においては、責任論で期待可能性が議論になる際、本判例を引用して「原則として明文の責任阻却事由を重視すべき」とする論理構成の根拠となり得る。ただし、近時の有力説や下級審裁判例(特に過失犯や強要罪的状況)との整合性には注意を要する。
事件番号: 昭和30(あ)737 / 裁判年月日: 昭和32年4月30日 / 結論: 棄却
一 第一審が業務上横領罪の訴因、罰条について判決した事件について、控訴審が背任の点についても既に十分な証拠調がされているというだけの理由で、未だ任務に背いたか否かの点について十分な防禦を尽していると認められないのにかかわらず、背任について訴因罰条の追加、変更なしに審判することは違法である。 二 A公団BA局長が先に従業…
事件番号: 昭和37(あ)2354 / 裁判年月日: 昭和39年11月24日 / 結論: 棄却
下級審がその事件について上告審の破棄理由とした法律上の判断に従つてした判決に対しては、その法律上の診断を不服として上告することは許されない。