判旨
刑法40条(削除前)の「瘖唖者(いんあしゃ)」であっても、行為の是非を弁別し、その弁別に従って行動を自制する能力を有する場合には、責任無能力者とはみなされず、同条後段による刑の減軽にとどまる。
問題の所在(論点)
旧刑法40条(瘖唖者の行為は罰せず、又はその刑を減軽する)の適用に関し、瘖唖者である被告人が責任無能力として不可罰(前段)とされるか、あるいは限定責任能力として減軽(後段)にとどまるかの判断基準が問題となった。
規範
被告人が瘖唖者(耳が聞こえず口も利けない者)であっても、犯行当時の行動から、行為の是非を弁別し、その弁別に従って行動を自制する能力を有していたと認められる場合には、責任無能力には当たらず、限定責任能力として刑の減軽を適用するのが相当である。
重要事実
被告人は、豆腐小売業を営む瘖唖者であった。被告人は、同じく瘖唖者である被害者の妻と不倫関係になり、共謀の上、被害者を殺害して強盗の仕業に偽装しようと計画し、殺害に及んだ。被告人は不自由な身体ながら家業に励み、二児を養育していたという生活実態があった。
あてはめ
被告人が不倫相手と共謀し、殺害後に強盗を装うといった計画的な犯行を遂行していること、および自営の豆腐商として二児を養育する社会生活を送っていたことに照らせば、被告人は事物の是非善悪を弁別し、それに従って行動を自制する能力(責任能力)を十分に有していたと評価できる。したがって、責任無能力を定める同条前段の適用はなく、後段の減軽事由にとどまると解される。
結論
被告人は責任無能力者には当たらず、刑法40条(旧規定)後段によりその刑を減軽した一審・二審の判断は正当である。
実務上の射程
現在は削除された刑法40条に関する判例であるが、生理学的欠陥がある者の責任能力の判断において、具体的な犯行の計画性や日常の社会生活能力を考慮して弁別能力・制御能力を実質的に判断する手法は、現代の精神障害等を理由とする責任能力の判断枠組み(39条)と共通しており、答案上も参考になる。
事件番号: 昭和36(あ)1867 / 裁判年月日: 昭和36年10月31日 / 結論: 棄却
被告人の智能年令が、本件犯行当時九歳ないし一一歳相当であつたとしても、そのため直ちに被告人が心神喪失の状態にあつたものとすることはできない旨の原判示は、相当である。