わが国は被占領当時においても統治権を喪失したものではなく、わが刑法は当時日本国内において罪を犯した者に対しては、内外人たるを問わず、その効力を及ぼしたのであつて、ただ一時的に(昭和二一年二月一九日から同二五年一〇月三〇日までの間)連合国最高司令官の覚書によつて連合国人に対し公訴権並に裁判権の行使を停止せられていたに過ぎないのである。すなわち右期間内といえども、連合国人に対するわが刑法の効力は何ら害されることなく、これに対する公訴権、裁判権も単に一時的に制限を受けたにとどまり、潜在的にはその存在を失わなかつたものと解すべきである。
連合国占領軍占領下における連合国人に対するわが刑法の効力と公訴権、裁判権の所在
刑法1条1項,ポツダム宣言7項,連合国最高司令官覚書(昭和21年2月19日付)「刑事裁判権の行使」,連合国最高司令官覚書(昭和25年10月18日付)「民事及び刑事裁判権の行使」
判旨
日本国は占領下においても統治権を喪失しておらず、連合国人に対する裁判権は一時的に制限されていたに過ぎないため、占領終了後あるいは制限解除後において日本の裁判所が刑事裁判権を行使することは適法である。
問題の所在(論点)
占領下において日本国内で犯罪を犯した連合国人に対し、占領終了後または裁判権制限の解除後に日本の裁判所が刑事裁判権を行使することができるか。また、占領期間中の主権停止や平和条約による刑罰権放棄の有無が問題となる。
規範
わが国は被占領当時においても統治権を喪失したものではなく、刑法は国内で罪を犯した者に対して内外人を問わず効力を及ぼす。連合国最高司令官の覚書による裁判権の制限は、公訴権および裁判権の行使を一時的に停止させたものに過ぎず、潜在的な裁判権自体を消滅させるものではない。
重要事実
被告人(連合国人と推認される)が、連合国最高司令官の覚書に基づき連合国人に対する裁判権の制限が解除された昭和25年11月1日以降に犯罪を犯した。その後、サンフランシスコ平和条約の発効後に日本国内の裁判所に起訴されたが、被告人側は、占領期間中の日本の主権停止や平和条約による刑罰権放棄を理由に、日本に裁判管轄権がないと主張して上告した。
事件番号: 昭和30(あ)2219 / 裁判年月日: 昭和35年4月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】連合国占領軍財産等収受所持禁止令は、占領目的の達成のみならず国内経済秩序の維持という公共の福祉をも目的とするため、平和条約発効後も当然に失効せず、その効力を維持させた法律も事後立法には当たらない。 第1 事案の概要:被告人は、昭和24年政令389号(連合国占領軍財産等収受所持禁止令)に違反する行為…
あてはめ
まず、わが国の統治権は占領下でも全面的に停止したわけではなく、刑法の効力は潜在的に持続していた。昭和25年10月18日付覚書および同年11月1日施行の「連合国人に対する刑事事件等特別措置令」により、連合国人に対する一時的な裁判権の制限は明示的に除去されている。本件犯罪は当該制限解除後に行われており、平和条約19条(d)項が刑罰権を放棄したと解する根拠もない。したがって、起訴時において日本の裁判所が裁判権を行使することを妨げる事由はない。
結論
占領期間中の犯罪であっても、裁判権の制限が解除された後、または平和条約発効後において日本の裁判所が刑事裁判権を行使することに違法はない。
実務上の射程
国家主権と裁判権の継続性に関する基本判例。ポツダム宣言受諾後の「法的な空白」を否定し、占領軍による制限を「行使の一時的停止」と構成する論理は、統治機構論や国際法的な文脈での裁判権の所在を検討する際の基礎となる。
事件番号: 昭和27(あ)6842 / 裁判年月日: 昭和29年5月14日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】昭和20年勅令第542号(ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件)に基づき発せられた命令(ポツダム命令)は、サンフランシスコ平和条約の発効によって直ちにその効力を失うものではない。 第1 事案の概要:被告人は、ポツダム宣言の受諾に伴い発せられた命令に違反したとして起訴された。弁護人は、サンフ…
事件番号: 昭和27(あ)5221 / 裁判年月日: 昭和35年3月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】占領政策の遂行と国内経済秩序の維持を目的とする政令による財産権の制限は、憲法29条に違反しない。 第1 事案の概要:被告人は、昭和24年政令389号(貴金属の処分の制限等に関する政令)1条に違反する行為を行った。占領終了後も同政令の違反行為を処罰する昭和27年法律137号3条の経過規定に基づき起訴…
事件番号: 昭和29(あ)156 / 裁判年月日: 昭和35年4月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】ポツダム宣言に基づき制定された、いわゆるポツダム勅令及びそれに基づく政令は、日本国憲法外の法的効力を有するものであり、占領終了後においても憲法29条に違反するものではない。 第1 事案の概要:被告人が、昭和24年政令389号等の規定に違反したとして起訴された事案。被告人側は、占領終了後において当該…
事件番号: 昭和28(あ)4078 / 裁判年月日: 昭和30年6月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】政令による大赦の対象範囲の制限は恩赦法2条に反せず有効であり、大赦の対象から除外された罪については免訴の言渡しをすることはできない。 第1 事案の概要:被告人は米国軍票所持罪に問われていたが、昭和27年政令117号1条83号本文によれば同罪は大赦の対象となり得るものであった。しかし、同号但書によっ…