判旨
おとり捜査において麻薬取締官の誘発によって犯意が形成された場合であっても、被告人の犯意が阻却されることはなく、直ちに違法性が阻却されるものではない。
問題の所在(論点)
捜査機関(麻薬取締官)の誘発によって犯意が生じ、犯罪が行われた場合に、犯意(故意)の存在が否定されるか、あるいは違法性が阻却されるか。
規範
捜査機関の誘発によって犯意が生じた場合であっても、それが直ちに犯意を否定させるものではなく、また犯罪の違法性を阻却する事由にもならない。
重要事実
被告人が麻薬取締法違反(判決文からは詳細な罪名は不明)に問われた事案において、弁護人は、被告人の犯意が麻薬取締官の誘発によるものであるから違法性が阻却されると主張した。原審は麻薬取締官による誘発という事実を認めなかったが、仮にそのような事実があった場合でも結論は変わらないとした。
あてはめ
弁護人は、被告人の犯意が麻薬取締官の働きかけによるものであることを理由に違法性の阻却を主張する。しかし、仮に捜査官が犯罪を誘発したという事実があったとしても、被告人が自ら犯罪を実行する意思を形成し、それに基づき行為に及んだ以上、犯意(故意)は認められる。また、このような捜査手法が介在したとしても、行為自体の違法性が失われるとは解されない。
結論
被告人の犯意は麻薬取締官の誘発によるものであっても、それによって犯意が阻却されることはなく、有罪判決は維持される。
実務上の射程
本判決は、いわゆる「犯意誘発型」のおとり捜査における実体法上の責任を否定したものである。司法試験においては、捜査の違法性(手続的適法性)と実体法上の有罪・無罪は別次元の問題であると整理する際に用いる。ただし、現在では「適正手続き」や「公訴棄却」の観点から議論されることが多く、実体法上の故意や違法性を論じる文脈での限定的な引用に留めるべきである。
事件番号: 昭和29(あ)2559 / 裁判年月日: 昭和36年8月1日 / 結論: 棄却
論旨は、原判決の憲法一三条違反を主張するけれども、実質は、囮捜査によつて誘発された麻薬の所持を有罪としたことを避難するに帰する。しかし「他人の誘発により犯意を生じ又はこれを強化された者が犯罪を実行した場合に、わが刑事法上その誘惑者が場合によつては教唆犯又は従犯として責を負うことのあるのは格別、その他人である誘惑者が一私…