判旨
おとり捜査が憲法違反にあたると主張された事案において、被告人が麻薬取締官の誘発によって犯行に至った事由が認められない以上、違憲の主張は前提を欠き理由がない。
問題の所在(論点)
捜査機関が身分を隠して働きかけを行う「おとり捜査」によって得られた証拠やそれに基づく公訴提起が、憲法上の適正手続に反し違法とならないか。特に、被告人に犯意がない状態で働きかけが行われたか否か(犯意誘発の有無)が問題となる。
規範
おとり捜査の適法性判断について、本判決は直接の規範を明示していない。しかし、犯意誘発型のおとり捜査(捜査機関の誘発によって犯意を持たない者が犯行に至る場合)を憲法違反または違法とする主張に対し、事実認定として「誘発によって犯行をなすに至ったものでない」ことを確認することで、その前提を否定する判断手法を採っている。
重要事実
被告人が麻薬取締法違反(判決文からは詳細な構成要件は不明)に問われた事件において、麻薬取締官が関与するいわゆる「おとり捜査」が行われた。弁護側は、被告人が麻薬取締官の誘発によって本件犯行に至ったものであるとして、当該捜査が憲法に違反し無効であると主張して上告した。
あてはめ
記録を精査したところ、被告人が麻薬取締官の誘発によって本件犯行をなすに至った事実は認められない。すなわち、被告人は捜査機関の働きかけ以前から犯意を有していたか、あるいは働きかけが犯意を新たに作り出す性質のものであったとはいえない。したがって、捜査機関が犯意を誘発したことを論拠とする違憲の主張は、その前提となる事実を欠いている。
結論
被告人が捜査機関によって犯行を誘発されたとは認められないため、おとり捜査の違法を理由とする上告は理由がなく、棄却される。
実務上の射程
本判決は「犯意誘発型」のおとり捜査について、その事実を否定することで違憲主張を退けた極めて初期の判例である。答案上は、後掲の最高裁平成16年決定が示す適法性判断基準(①直接の被害者がいない薬物犯罪等において、②通常の捜査方法では摘発が困難な場合に、③機会提供型のおとり捜査を行うことは許容される)へと繋がる、事実認定の重要性を示す先駆的例として位置づけられる。
事件番号: 昭和27(あ)5470 / 裁判年月日: 昭和28年3月5日 / 結論: 棄却
いわゆる囮捜査は、これによつて犯意を誘発された者の犯罪構成要件該当性、責任性若しくは違法性を阻却するものではなく、また公訴提起の手続に違反し若しくは公訴権を消滅せしめるものではない。