論旨は、原判決の憲法一三条違反を主張するけれども、実質は、囮捜査によつて誘発された麻薬の所持を有罪としたことを避難するに帰する。しかし「他人の誘発により犯意を生じ又はこれを強化された者が犯罪を実行した場合に、わが刑事法上その誘惑者が場合によつては教唆犯又は従犯として責を負うことのあるのは格別、その他人である誘惑者が一私人でなく捜査機関であるとの一事を以てその犯罪実行者の犯罪構成要件該当性又は責任性若しくは違法性を阻却し又は控訴提起の手続規定に犯し若しくは公訴権を消滅せしめるものとすることはできない」こと、当裁判所の判例(昭和二七年(あ)五四七〇号同二八年三月五日第一小法廷決定)の趣旨とするところである。そうだとすれば本件第一審判決中犯示第一の(二)の犯行をなすに至つた動因が麻薬取締官の慫慂行為によるものであつたとしても、そのことは被告人の刑責にかかわりなき道理であり、これと同趣旨に出た原判決は正当である。
囮捜査によつて犯意を誘発された者の犯罪の成否および訴訟手続に及ぼす影響の有無。
旧麻薬取締法(昭和23年7月10日法律123号)53条,刑法第61条,刑法第62条,刑法第38条,刑法第35条,刑訴法337条,刑訴法338条4号
判旨
捜査機関の誘惑によって犯罪が実行された場合であっても、その一事をもって構成要件該当性、違法性、責任が阻却されることはなく、公訴提起の手続が不適法となることもない。
問題の所在(論点)
捜査機関による囮捜査(犯意誘発型)が行われた場合において、その犯行の可罰性(実体法上の犯罪成立)および公訴提起の適法性(手続法上の効力)は否定されるか。
規範
他人の誘惑により犯意を生じ、またはこれを強化された者が犯罪を実行した場合、誘惑者が一私人ではなく捜査機関であるとの一事をもって、犯罪実行者の構成要件該当性、責任、または違法性を阻却することはできない。また、公訴提起の手続規定に違反し、または公訴権を消滅せしめるものとすることもできない。
重要事実
被告人は麻薬取締法違反(所持等)の罪に問われた。その犯行の一部は、麻薬取締官であるAからの慫慂(誘い)という囮捜査が行われたことが動因となって実行されたものであった。弁護人は、このような囮捜査によって誘発された犯行を有罪とすることは憲法13条等に違反し、違法であると主張して上告した。
あてはめ
本件における麻薬所持の犯行の一部は、麻薬取締官Aの慫慂行為によってもたらされたものである。しかし、誘惑者が捜査機関であったとしても、実行行為者の実体法上の犯罪成立(構成要件・違法性・責任)に影響を及ぼすものではない。また、刑事訴訟法上の公訴棄却等の事由にも該当しない。したがって、囮捜査の結果としてなされた麻薬所持について、被告人は刑事責任を免れない。
結論
囮捜査による犯行であっても、被告人の刑事責任に変わりはなく、有罪とした原判決は正当である。
実務上の射程
本判決は、囮捜査を「違法」として公訴棄却や無罪とする法理を否定した初期の判例である。ただし、後の最高裁決定(最決平16・7・12)では、職務上の必要性や相当性といった観点から適法性を判断する枠組みが示されており、現在の答案作成においては、本判例を「実体法上の犯罪成立は否定されない」とする根拠としつつ、手続面では平16決定を主軸に検討すべきである。
事件番号: 昭和27(あ)5648 / 裁判年月日: 昭和29年4月13日 / 結論: 棄却
取調請求のあつた証人のある者につき、許否の決定を留保したまま公判が続行されたが、証拠調を終えようとするにあたり、裁判官が反証の取調の請求その他の方法により証拠の証明力を争うことができる旨を告げたのに対し、請求当事者が「他に取調を請求する証拠はない」と述べたときは、右証人の取調請求は放棄されたものと解すべきである。