本件記録によれば、なるほど、いさかいの発端は、むしろ被害者が被告人を罵倒し拳固で被告人を突いて来たため、当初は被告人が守勢にあつたが、そのうち被告人も両手で相手方を押してゆき、被告人は本件肥立万能を手にした後も相手方の突いて繰るのを防禦するだけではなく、反つてその万能で相手方を押してゆくような攻撃に出ていたのであり、被告人及び被害者双方とも、相手を罵倒しながら押したり押されたりしているうち、遂に本件事故が発生したことが窺われるので、原判決がその引用する証拠を綜合して判示傷害致死の事実を認定したことは、誤認と認めがたく、本件の行為が判例にいう「喧嘩」の範ちゆうに属することは、疑のないところである。
判例にいう「喧嘩」の範ちゆうに属うるものと認められる一事例
刑法205条
判旨
当初は受動的な防御態勢にあっても、その後、双方が罵倒しながら攻撃・防御を繰り返す状態に至った場合は「喧嘩」に該当し、正当防衛の成立は否定される。凶器を用いて相手を押すなどの攻撃的行為に出た事実は、傷害致死罪における実行行為性を基礎付ける。
問題の所在(論点)
被害者の先行する攻撃に対し、当初防御的であった被告人が反撃に転じ、双方が攻撃し合う状態となった場合、刑法36条1項の正当防衛が成立するか。いわゆる「喧嘩」の範疇に属するかどうかが問題となる。
規範
互いに暴行を加える意思で争う「喧嘩」の最中に行われた行為については、相手方の攻撃が先行していたとしても、一連の争いにおいて双方が攻撃・防御を繰り返す状態にある限り、急迫不正の侵害を欠くか、あるいは防衛の意思を欠くものとして、正当防衛(刑法36条1項)の成立は否定される。
重要事実
被害者Aが被告人を罵倒し拳で突いてきたため、当初被告人は守勢にあった。しかし、被告人も両手でAを押し返し、さらに農具(肥立万能)を手にした後も、Aの攻撃を防御するだけでなく、逆にその農具で相手を押していくなどの攻撃に転じた。双方が罵倒しながら押し合いを続けた結果、被告人が農具でAの心臓部を刺し、死に至らしめた。
あてはめ
本件では、当初の端緒こそ被害者側の攻撃にあるが、被告人は単なる受動的な防御にとどまらず、自らも押し返し、さらには凶器を用いて攻撃的な挙動に出ている。このように双方が相手を罵倒しながら攻撃・防御を繰り返している状況は、客観的・主観的にみて相互の暴行を意味する「喧嘩」の状態にあるといえる。したがって、被告人が農具で被害者の心臓部を刺した行為は、違法性を阻却する正当防衛には当たらない。
結論
被告人の行為は「喧嘩」の範疇に属し、正当防衛は成立しない。原判決の傷害致死罪の認定は正当であり、上告は棄却される。
実務上の射程
対抗関係にある者同士の暴行事件において、正当防衛の成否(特に急迫性や防衛の意思)を判断する際、先行行為からの一連の経過を重視する実務上の端緒を示す判決である。答案上は、当初の防衛的状況が攻撃的状況へと変質した事実を指摘し、急迫性または防衛の意思を否定する論理として活用できる。
事件番号: 昭和27(あ)3533 / 裁判年月日: 昭和28年7月2日 / 結論: 棄却
第一審判決の認定事実によれば、被害者の暴行は、仲裁の余地が存し、従つて、必ずしも急迫の侵害といえないし、また、被告人は自らも喧嘩闘争の決意を起し判示折込ナイフを以て兇器を持たない被害者を殺傷した事態に照し、権利を防衛するため己むことを得ないでした行為ともいえないこと明らかである。