被告人Aの場合はただ記憶がないとか、私達は醉つていてはつきり解りませんがそこへどやどやと警察の人が來て捕まりましたとか、述べているまでゞあつて、其供述自体から所論刑の減兔の原由たる事實上の主張をしたものとは認めがたいものである。從つて原審において被告人Aに對しては其判斷を示さなかつたとしても所論の如き違法はなく、論旨は理由がない
記憶がないとか酪酊中に捕縛されたという被告人の供述と刑の減兔の原由たる事實上の主張
舊刑訴法360條2項
判旨
被告人が単に「記憶がない」旨の供述をしたにとどまる場合は、刑の減免の事由となる事実の主張とは認められない。また、犯行の要点以外を詳細に記憶している等の事情があれば、心神喪失又は心神耗弱の状態にあったとは認められない。
問題の所在(論点)
1. 被告人による「記憶がない」旨の供述が、判決において判断を示すべき「刑の減免の原由たる事実上の主張」に該当するか。 2. 犯行の要点についてのみ記憶を欠く供述をする被告人の責任能力を否定できるか。
規範
刑の減免の根拠となる事実上の主張(旧刑事訴訟法360条2項)があったと認められるためには、単に「記憶がない」等の供述をするだけでは足りず、具体的に心神喪失や心神耗弱をうかがわせる事実関係を主張することを要する。また、責任能力の有無の判断においては、犯行前後の記憶の有無、供述の具体性、一貫性等の事実を総合し、経験則に照らして判断すべきである。
重要事実
被告人A及びBは、犯行当時、多量の飲酒により酩酊状態にあった。被告人Aは公判において「記憶がない」「酔っていてはっきり分からないが警察が来て捕まった」旨を供述。被告人Bは、裁判長の質問が犯行の要点に触れると「記憶がない」と述べたが、司法警察官や検察官の調べに対しては犯行当時の模様を相当詳しく記憶し、供述していた。
あてはめ
被告人Aについては、単に記憶がない、あるいは酔っていて判然としないと述べるに過ぎず、心神喪失等の事実を具体的に主張したものとは認められない。被告人Bについては、事実上の主張自体は認められるものの、警察等の取調では犯行模様を詳述しており、公判でも犯行の要点以外は概ね記憶して供述している。このような限定的な記憶欠如は不自然であり、前後不覚の状態であったとは認め難い。したがって、心神喪失又は心神耗弱の状態にはなかったと判断される。
結論
被告人Aの供述は刑の減免の事由たる事実の主張に当たらないため、原審が判断を示さなかったことに違法はない。また、被告人Bが心神喪失等の状態になかったとする認定は経験則に反せず、正当である。
実務上の射程
責任能力の主張の有無および認定に関する判断枠組みを示す。特に「記憶がない」という不合理な弁解がなされた場合でも、他の客観的供述や記憶の程度から責任能力を肯定できるという認定手法は、実務上の事実認定(あてはめ)において非常に有用である。
事件番号: 昭和23(れ)1230 / 裁判年月日: 昭和23年12月11日 / 結論: 棄却
酪酊の上の犯行であつてその酪酊の程度が心神喪失の程度に達していたかどうかについては必ずしも精神鑑定による必要はなく他の證據によつてこれを認定しても差支へないものであるから原審が前示の如く他の證據によつてその判断を下したことをもつて違法ということはできない。