賭博の常習とは反履して賭博行爲をする習癖をいうのである。それは必らずしも所論のように一個の人間の第二の天性とまでなりきる程のものであることを要しない。本件記録によれば、被告人は、大正四年以來二回の賭博罪と五回の常習賭博罪によつて合計七回處罰を受けている。そして最後は昭和一七年六月一七日常習賭博罪として懲役八月に處せられたものであつて、右最後の處刑後本件犯行時までの間に所論のように約五年三箇月の時の隔りは存する。しかし、被告人のごとく相當深く賭博の習癖に染つたと認められる者が、五年三箇月賭博行爲をしなかつたからといつて―一層正確に表現すれば五年三箇月の間に賭博について所罰を受けなかつたからと云つて―その習癖が自然的に消滅してしまつたと認定しなければならぬ實驗則が存すると斷定するわけにはいかない。
常習賭博罪の前科を有する者がその後五年三月の間同罪を犯さなかつた場合における常習賭博の認定と實驗則
刑法186條1項,舊刑訴法336條
判旨
刑法186条1項にいう「常習」とは、反復して賭博行為をする習癖をいい、必ずしも一個の人間の第二の天性とまでなりきる程のものであることを要しない。前回の処刑から相当期間が経過していても、過去の処罰歴や犯行態様に照らし、賭博の習癖が消滅していないと認められる場合には常習性が認められる。
問題の所在(論点)
刑法186条1項の「常習」の意義、および前科から約5年3か月の期間が経過している場合に賭博の習癖(常習性)が否定されるか。
規範
「常習」とは、反復して賭博行為をする習癖を指す。これは必ずしも人格の不可分な一部(第二の天性)と呼べる段階に達していることまでを要するものではない。また、前科から数年の期間が経過している事実のみをもって、直ちに習癖が消滅したと判断されるものでもない。
重要事実
被告人は、大正4年以来、賭博罪で2回、常習賭博罪で5回の合計7回にわたり処罰を受けていた。最後の処罰(昭和17年)から本件犯行時までの間には、約5年3か月の隔たりがあった。本件において被告人は、博打の「盆(親方)」を務める立場で賭博に関与していた。
あてはめ
被告人は過去に7回もの賭博関連の処罰を受けており、相当深く賭博の習癖に染まっていたと認められる。約5年3か月の間、処罰を受けていなかった事実はあるが、それのみで習癖が自然的に消滅したと断定する実験則は存在しない。加えて、本件では自ら「盆(親方)」として主体的に関与している事実が認められる。これらを総合すれば、前科から長期間が経過していても、依然として反復して賭博を行う習癖が維持されていたと評価できる。
結論
被告人には賭博の常習性が認められ、常習賭博罪が成立する。
実務上の射程
常習性の定義として「反復して賭博行為をする習癖」というフレーズは、現行刑法の解釈においても標準的な規範として確立されている。前科からの時間的間隔がある場合でも、前科の回数や内容、今回の犯行態様(親方など)といった事情を総合して習癖の存否を判断する際の指標となる。
事件番号: 昭和24(れ)2797 / 裁判年月日: 昭和25年3月28日 / 結論: 棄却
賭博の常習者というのは賭博を反復累行する習癖ある者を指すのである。ところで、被告人は昭和一五年八月八日荻區裁判所で常習賭博罪によつて懲役一〇月に同一六年一〇月三日同裁判所において同罪で懲役一年二月に處せられたものであつて、賭博の習癖は相當根強いものであることを窺い知ることができる。原審においてかかる前科にてらし被告人の…