判旨
致死量に満たない毒物を摂取させた場合であっても、服用者の身体的状況等によって死亡の危険があることを予見していたのであれば、殺人の実行の着手が認められる。
問題の所在(論点)
致死量に満たない分量の毒物を混入した食品を摂取させた行為について、殺人未遂罪における実行の着手が認められるか。
規範
殺人罪の実行の着手(刑法43条前段)は、人の生命に対する現実的な危険性を有する行為を開始したか否かにより判断される。毒物を用いた場合、その分量が直ちに必死量に達しないものであっても、服用者の身体的状況等に照らして死亡の結果を生じさせる客観的危険性があり、かつ行為者がその危険性を予見していたのであれば、殺人の実行行為性が認められる。
重要事実
被告人は、殺意をもって、大豆一粒大ほどの有害燐(黄燐)である「猫いらず」を挿入した饅頭一個を被害者に手渡した。被害者はその饅頭の半分を摂取した。被害者は食後に吐き気を催し、約一週間腹痛が続いたものの、手当ての如何に関わらず死に至ることはなかった。被告人は、当該分量の摂取であっても中毒により死亡する恐れがあることを予見していた。
あてはめ
本件で被告人が混入した猫いらず(黄燐)の分量は大豆一粒大であったが、このような毒物を服用した場合、服用者の身体的状況等によっては中毒死する恐れがあることは顕著な事実である。被害者が死に至らなかったのは、饅頭を半分しか食べなかったという偶然の事情にすぎない。被告人は中毒死の恐れがあることを予見しながら、あえて当該饅頭を被害者に手渡している。したがって、被告人の行為は、被害者の生命に対する具体的・現実的な危険を惹起したものといえる。
結論
被告人の行為は殺人罪の実行の着手に該当し、殺人未遂罪が成立する。上告棄却。
実務上の射程
不能犯と未遂犯の区別、および実行の着手時期が問題となる場面で活用できる。結果発生の可能性が科学的に低い場合でも、具体的状況(身体状況等)や行為者の認識(予見)を付加的に考慮して、実行行為性を肯定する判断枠組みとして重要である。
事件番号: 昭和26(あ)4585 / 裁判年月日: 昭和28年7月3日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】犯罪手段としての毒物の種類を「アコニチン」から「ヂバール」へ修正することは、犯罪手段という重要な要素の誤認を是正するものであり、殺意の認定に矛盾を来さない限り、事実誤認を理由とする破棄自判として適法である。 第1 事案の概要:被告人が被害者に対し薬品を服用させて殺害しようとした事案。第一審は、殺意…
事件番号: 昭和26(あ)199 / 裁判年月日: 昭和27年8月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】致死量に相当する毒物を与えて殺害を試みた場合、毒物の純度が低かったために死の結果が発生しなかったとしても、不能犯とはならず殺人未遂罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は被害者らに対し、殺意をもって青酸加里粉末約0.06g乃至0.07gを服用させた。しかし、当該青酸加里の純度が低かったこと、被害…
事件番号: 昭和24(れ)1719 / 裁判年月日: 昭和24年11月8日 / 結論: 棄却
原判決は、被告人の判示第一の犯行につき、その犯意の證明として「若し日本刀や匕首で相手を斬り付けるときは、斬り所によつては當然相手を死に到らしめることを豫想しながら」本件犯行に出たことを記載している。自己の行爲が他人を死亡させるかも知れないと意識しながら敢えてその行爲に出た場合が殺人罪のいわゆる未必の故意ある場合に當るこ…