原判決が被告人の殺意の點を被告人に對する司法警察官の訊問調書中同人の自分がAに斬付けたときは、死ぬなら死んでもよいと思つた、犯行後急いで駐在所に行つたが其のとき傷が大きいから死んでしまつたかと思つた旨の供述記載によつて認めていることは所論の通りである。しかし法律が何人も自己に不利益な唯一證據が本人の自白である場合には有罪とされ又刑罰を科せられないと規定したのは犯罪構成要件の一つ一つが獨立して補強されなければならない趣旨でないことは當裁判所の判例とするところである。既ち本件においていえば殺意に關する被告人の自白だけで、他に罪体に關する證明とか、その他殺人罪の構成要件に關し何等の證明がないにも拘ちず、被告人を右自白だけで殺人罪に問擬したり又は處罰したりすることができない趣旨である。然るに本件では、傷害の部位程度及び死因の點は醫師B作にかかる鑑定書と題する書面と押収にかかる手斧の存在とによって認定されているのである。この證據は罪体に關する證明であつて、原判決はこの證據と被告人の原審公廷における供述と共に前記殺意に關する自白と綜合して被告人を殺人罪を以て處斷したものと解すべきである。原判決舉示の證據により判示事實を認めるに難くないのである。されば原判決は刑訴應急措置法第一〇條第三項(憲法第三八條第三項)に違背した點はなく論旨は採用できない。
被告人の殺意に關する自白及び他の補強證據による犯罪事實の認定と憲法第三八條第三項
憲法38條3項,刑訴應急措置法10條3項,刑法199條
判旨
憲法38条3項及び刑訴法319条1項の自白の補強証拠は、犯罪構成要件のすべてに独立して存在する必要はなく、殺意のような主観的要素については被告人の自白のみで認定することが可能である。
問題の所在(論点)
殺人罪の成立において、主観的構成要件要素である「殺意」について、自白以外の補強証拠がない場合でも有罪とすることが可能か。すなわち、補強証拠は構成要件の各要素すべてについて必要か(補強範囲の問題)。
規範
自白の補強法則(憲法38条3項、刑訴法319条1項)の趣旨は、架空の犯罪に対する処罰を防止する点にある。したがって、犯罪構成要件の各要素について個別に独立した補強証拠を要するものではなく、犯罪の客観的側面(罪体)について補強証拠が存在すれば、主観的要素である殺意などは自白のみによって認定することが許される。
重要事実
被告人は、手斧を用いて被害者を切り付け殺害したとして殺人罪で起訴された。原判決は、被告人の「死んでもよいと思った」という殺意に関する自白を主要な根拠として殺意を認定したが、これに対し弁護人は、殺意という構成要件要素について自白以外の補強証拠がないため、憲法38条3項に違反すると主張して上告した。なお、傷害の部位・程度、死因については医師の鑑定書があり、犯行道具として手斧が押収されていた。
あてはめ
本件では、医師の鑑定書により被害者の傷害部位や死因が特定され、また犯行に用いられた手斧も現存している。これらは犯罪の客観的事実(罪体)を裏付ける十分な補強証拠といえる。このように客観的な罪体が証明されている以上、その背後にある主観的要素としての殺意については、被告人の自白および公判廷での供述を総合して認定することが可能であり、別途独立した補強証拠を求める必要はない。
結論
殺意について自白以外の証拠がなくても、客観的罪体に補強証拠がある限り、憲法38条3項に違反しない。上告棄却。
実務上の射程
自白の補強範囲について「罪体説」を採ることを明確にした重要判例である。司法試験の答案作成においては、客観的構成要件(実行行為、結果、因果関係)に補強証拠があるかを確認し、主観的要素や修正された構成要件については補強不要とする論理展開で活用する。
事件番号: 昭和23(れ)1883 / 裁判年月日: 昭和24年5月10日 / 結論: 棄却
一 原審が「死なうと生きようと何うなつても構わねという気持になつた」旨の供述のみを證據にとり「當時の氣持は今考えて見て良く判りません」との供述を無視したことに、採證の原則に反する違法がある、と非難するのであるがこの二つの供述は別々の機會にされたのであつて被告人の犯罪事實を認める供述と否認する供述とがある場合その何れを採…