一 固より精神異状の疑い顕著であるにも拘わらず、そのことの審理をしないことは、健全な法律常識に違背するものとして許されないところであるけれども記録を調べてみると本件被告人についてはその精神状態を審理するために精神鑑定をしたり證人を訊問したりする必要のある程度のものとは認められないから、この點に關して原審に審理不盡の違法ありとは云えない。 二 論旨は、辯護人に於て被告人の心神喪失又は心神耗弱を主張したにも拘わらず原判決がその點について判斷を示さなかつたことを以て、判斷遺脱の違法を犯したものであると主張している。しかし原審公判調書を調べてみると辯護人から被告人の精神鑑定を申請したことは記載してあるが、被告人の本件行爲が心神喪失又は心神耗弱の状態に於て爲されたものであるとの主張をした記載は見出されない。かような主張が無い限り原判決がそのことについて判斷を示さなかつたのはむしろ當然であつて、これを判斷遺脱の違法あるものと云うことはできない。 三 論旨に從えば、本件の被害者が還付を受けた被害物件に對する請書は、公判請求書と同時に裁判所に提出せられたにも拘わらず原審裁判所が是等の書類について證據調をしなかつたのは違法であるという。しかし右の書類は、裁判所の證據調を求める主旨を以て檢察官から提出せられたものとは認められないし、且つこの問題は第一審の裁判所に關することであるから、第二審たる原審が之等の書類について證據調をしなかつたとしてもこれを以て所論のように刑事訴訟法第四一〇條第一項第一三號に違背したものということはできない。
一 精神異状の疑の有無と精神状態についての鑑定若くは證人訊問の要否 二 精神鑑定の申請があるだけで心神喪失又は心神耗弱の主張のない場合の判斷の要否 三 公判請求書と同時に提出された被害物件還付の請書の證據調の要否
刑法39條,刑訴法336條,刑訴法360條2項,刑訴法342條
判旨
被告人の精神異状の有無を立証するための証拠の取捨選択は、原則として裁判所の専権に属するが、精神異状の疑いが顕著である場合には、その審理をしないことは審理不尽の違法となり得る。
問題の所在(論点)
被告人に精神異状の疑いがある場合において、裁判所が精神鑑定等の証拠調べを行わないことが、審理不尽(職権証拠調べ義務の違反)となるか。また、具体的な責任能力欠如の主張がない場合に判断遺脱が成立するか。
規範
被告人が精神異状者であるか否かは事実認定の問題であり、その立証のための証拠の取捨選択は原則として裁判所の専権に属する。ただし、精神異状の疑いが顕著であるにもかかわらず審理を行わないことは、健全な法律常識に違背するものとして許されない。
重要事実
被告人の弁護人は、原審において被告人の精神異状を立証するため、精神鑑定および被告人の母の証人尋問を申請したが、原審はこれらを却下し審理を行わなかった。弁護人は、精神鑑定の申請はしたが、心神喪失や心神耗弱の具体的な主張を公判調書上残していなかった。被告側は、審理不尽および判断遺脱を理由に上告した。
あてはめ
記録に照らすと、本件被告人については精神鑑定や証人尋問を必要とするほどの精神状態とは認められない。したがって、精神異状の疑いが顕著であるとはいえず、裁判所が証拠を却下したことは専権の範囲内である。また、公判調書上、心神喪失等の主張がなされた事実は確認できないため、判断遺脱の違法も認められない。
結論
原審に審理不尽の違法はなく、また責任能力に関する判断遺脱も存在しないため、上告を棄却する。
実務上の射程
裁判所の職権証拠調べ義務(特に精神鑑定)の限界を示す。実務上、精神鑑定を求める際は単なる申請にとどまらず、精神異状の疑いが「顕著」であることを具体的事実で示す必要がある。また、責任能力の主張は公判調書に明示的に残る形で行うべきことが示唆されている。
事件番号: 昭和27(あ)4393 / 裁判年月日: 昭和28年12月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】弁論の分離・併合は裁判所の自由裁量に属する事項であり、当事者の請求に拘束されるものではない。また、控訴審において第1審で請求し得た証拠の申出を却下することは、特段の事由がない限り裁判所の合理的な裁量の範囲内である。 第1 事案の概要:被告人の弁護人は、控訴審(原審)の第3回公判期日において、被告人…
事件番号: 昭和27(あ)4396 / 裁判年月日: 昭和29年1月12日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】控訴審における事実の取調べは、第一審判決の当否を判断するために必要な範囲に限られ、その要否は裁判所の裁量に委ねられる。第一審で請求可能であった証拠につき、控訴審で新たに証拠調べを求める場合には、その事由を疏明する必要がある。 第1 事案の概要:被告人Bの弁護人は、第一審では被告人の精神状態に関する…