一 憲法第三七條第一項にいわゆる「公平な裁判所の裁判」とは、偏頗や不公平のおそれのない組織と構成をもつた裁判所による裁判を意味するものであつて、個々の事件につきその内容實質が具體的に公正妥安當なる裁判を指すのではないことは既に當裁判所の判例とするところである(昭和二二年(れ)第一七一號、同二三年五月五日宣告、同二二年(れ)第四八條、同二三年五月二六日宣告の各大法廷判状)。從つて原判決が被告人に對し刑の執行猶豫の言渡をしなかつたからといつて、所論のように、これを目して同規定に違反するものとすることはできない。 二 奪取罪は犯人が他人の所有物をその者の支配を侵して奪取するによつて成立するものであるから、かかる犯罪事實を判示するに際し、その被害者が數人あり、臓品の種類數量等も多種多樣であるときは、必ずしもその詳細を逐一明示するを要せず、被害者中或者の氏名を表示して他はその員數等を揚げるに止め、その種類數量についても、その中比較的重要な物のみを示して他は雜品としてその總数を概略表示する等これによつて他人の支配を侵してその者の所有物を奪取したことを知り得べき程度に具體的に判示すれば充分であると解さねばならない。 三 證據を取捨選擇し、既に閉じたる辯論を再開するか否かは事實審裁判所の專權に委ねられたことであるから、かりに辯論終結後被害辨償に關する示談書が提出せられ、偶々その辨償額の多寡、示談成立の事情等その書面の内容に不明の個所があつたとしても、他に特別の事情のない限りこれがために既に閉じたる辯論を再開し示談關係者を訊問してその示談の内容を明確にした後でなければ審理を終結し判決をするを得ないという理はない。 四 憲法第三七條第二項の規定あるがため、裁判所としては不必要と思われる證人迄も訊問しなければならぬ譯のものでなく、裁判所が必要と思われる證人を喚問すればよいものであることは既に當裁判所の判例とするところであるから、原審の辯論終結後被害辨償に關する示談書が提出せられ、その内容に不明の個所があつたにも拘わらず、原審が既に閉じたる辯論を再開して示談關係者を證人として喚問する手續をとらなかつたからといつて、直ちにこれを以て憲法第三七條第二項の規定に違反するものということはできない。 五 上告審を以て純然たる法律審とするか否かは立法上の當否の問題ではあるが憲法上の適否の問題ではないから、刑訴應急措置法第一三條第二項の規定が憲法違反でないことは既に當裁判所の判例とするところである(昭和二二年(れ)第五六號、同二三年二月六日大法廷判決)。既に立法上の當否の問題であるとする以上新刑事訴訟法が實施せられる迄はその公布の日の前後を問わず前記刑訴應急措置法の規定が依然有効に適用せられるのは當然の事理であるから新刑事訴訟法公布後においては右規定が憲法違反となるとする論旨は理由がない。 六 所持というような繼續する条が處罰される犯罪にあつては、一回の行爲によつて完結し得る即時犯例えば窃盜罪のような犯罪と異り、時間的關係においても一罪と一部ということが考えられるのでる。すなわち窃盜罪の場合前掲設例のように衣類の窃盜と金錢の窃盜とに區分することを幅員的關係の區分というならば、所持罪の場合あつてはかかる關係の區分の外に、延長的關係の区分ともいうべきものが考えられるというのである。
一 刑の執行猶豫の言渡をしなかつた判決と憲法第三七條第一項 二 被害金品が多種多樣な場合の奪取罪についての事實判示の程度 三 辯論の再開と自由裁量 四 證人訊問のため辯論の再開をしなかつたことと憲法第三七條第二項 五 新刑訴法公布後における刑訴應急措置法第一三條第二項の合憲性と憲法第一四條第一項 六 所持罪における幅員的關係の區分と延長的(時間的)關係の區分
憲法37條1項,憲法37條2項,憲法14條1項,刑法25條,刑法235條,刑法236條,刑法246條,刑訴法360條1項,刑訴法350條,刑訴應急措置法13條2項,昭和22年政令165號1條
判旨
刑事裁判における罪数や被害事実の判示において、被害者の氏名や贓品の種類・数量の詳細を全て個別具体的に明示せずとも、他人の支配を侵して奪取したことを知り得る程度に具体的に示せば足りる。また、憲法37条2項は不必要な証人の喚問までを裁判所に義務付けるものではなく、証拠の取捨選択や弁論再開の可否は事実審裁判所の合理的な裁量に委ねられる。
問題の所在(論点)
強盗罪等の奪取罪における判決書等の事実適示(刑訴法335条1項、256条3項参照)において、被害者や目的物の詳細をどこまで具体的に特定すべきか。また、弁論終結後に新たな証拠が提出された場合、弁論を再開して証人尋問を行わないことが憲法37条2項等に違反するか。
規範
奪取罪の事実を判示する際、被害者が複数で贓品が多種多様である場合、必ずしもその詳細を逐一明示する必要はない。被害者中の一部の氏名を表示し、他は員数を掲げるに留め、贓品も重要物のみを示して他は雑品として総数を概略表示するなど、「他人の支配を侵してその者の所有物を奪取したことを知り得べき程度」に具体的に判示すれば足りる。また、憲法37条2項の証人審問権は、裁判所が不必要な証人を喚問する義務まで課すものではなく、証拠の取捨選択や弁論再開の判断は、特段の事情がない限り事実審裁判所の専権に属する。
重要事実
被告人らは共謀し、A方において暴行脅迫を加え、「Aら所有の現金2700円位、その他衣類雑品40余点」を強奪したとして起訴された。原審は、証人Aの病気出廷不能により弁護人が喚問申請を放棄し、代わりの証人Bを尋問して被害弁償の事情を審理した上で弁論を終結。判決直前に示談書が提出されたが、原審は弁論を再開せずに判決を言い渡した。これに対し弁護人は、判示の不具体性や、示談内容を確認するための弁論再開・証人尋問を行わなかったことが憲法37条違反等にあたると主張して上告した。
あてはめ
事実の適示については、被害者の一部としてAの氏名を挙げ、他の被害者は「同人等」と員数を包含し、贓品も現金2700円の他は「衣類雑品40余点」と概略を表示している。これにより、他人の占有を侵した奪取の事実は明確であり、犯罪事実の判示として欠けるところはない。弁論再開の拒絶については、原審は既に証人Bの尋問を通じて被害弁償の事情を把握し、判決を下すべき心証を得た段階に達していた。判決直前の示談書提出を受けても、裁判所が必要適切と認めない限り弁論を再開してAを喚問する義務はなく、原審の裁量は適法である。
結論
判示事実の特定は十分であり、また弁論再開・証人喚問を行わなかった原審の判断に憲法違反や裁量権の逸脱はなく、上告を棄却する。
実務上の射程
実務上の事実認定・判示における特定事項の程度(一括表示の許容性)を示す。また、訴訟指揮権(弁論再開・証拠採用)に関する裁判所の広範な裁量を認めつつ、憲法37条2項の証人審問権が絶対的・無制限なものではないことを確認する際に用いる。
事件番号: 昭和25(あ)2939 / 裁判年月日: 昭和27年5月13日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】強盗罪の構成要件たる「他人の財物」を判示する際、法令適用の基礎を明らかにするに必要な程度に具体的であれば足り、その種類・数量・価格等を詳細に判示する必要はない。 第1 事案の概要:被告人らは、他人の財物を強取したとして強盗罪に問われた。原判決(第一審判決を維持したもの)においては、被害品について「…