一 原判決が證據に舉示した司法警察官の訊問調書及び檢事聴取書中の殺意についての未必の故意の自白は、被告人の供述に基かざる取調官の專恣の録取若は理詰めに因る強制に基く自白であつて、孰れも憲法第三八條第一項及び第二項及び刑訴應急措置法第一〇條第一項第二項に依り證據となし得ないものであると主張する。記録を精査するに被告人は第一、二審公判廷において殺意を否認しているが被告人の右公判廷における供述のみによつて右訊問調書及び聽取書が取調官の專恣の録取であるとか、強制によるものであると認むべき證據とはなし得ないばかりでなく所論の如き形跡は記録中何處にも存在しないから、右訊問調書及び聽取書は證據能力がないとはいい得ない。 二 沒収にかかる小刀が被告人以外の者の所有に屬しないという事實は、舊刑事訴訟法第三六〇條第一項の所謂罪となるべき事實でないから證據によつてこれを認めた理由を説明する必要はない。記録に徴するに所論小刀は被告人の所有に屬するものであることは明らであり、且つ犯行の用に供したものであること、並に被告人以外の者の所有に屬しないことについては、判文上明らかにされてをり、沒収に關する説示としては何等缺くところなく論旨は理由がない。
一 被告人が公判廷で任意にしたものでないと主張する公判廷外の自白と憲法第三八條第一項第二項 二 沒収にかかる犯罪供要物件が被告人以外の者の所有に屬しないことについて判示の要否
憲法38條1項,憲法38條2項,刑法19條1項2號,舊刑訴法360條1項
判旨
被告人の自白が任意性を欠くとの主張があっても、記録上その形跡が認められない限り、公判廷での否認のみをもって証拠能力を否定することはできない。また、未必の故意による殺意は、死ぬかもしれないが死んでもやむを得ないとの決心があれば認められる。
問題の所在(論点)
司法警察官らに対する自白が憲法38条2項等により証拠能力を欠くか。また、「死んでも止むを得ない」という認識・認容をもって殺意(未必の故意)が認められるか。
規範
自白の証拠能力について、憲法38条2項等に基づき、強制や不当な録取があったと認めるべき形跡が記録上存在しない場合には、被告人が公判廷で内容を否認していても証拠能力を否定されない。また、殺意の認定については、結果発生の可能性を認識しつつ、それが生じても止むを得ないとする「未必の故意」が認められれば、これを肯定することができる。
事件番号: 昭和27(れ)124 / 裁判年月日: 昭和28年6月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】自白の証拠能力に関し、強制や拷問があったと疑われる特段の事情がない限り、警察官等に対する自白に任意性がないとする理由はない。また、差戻後の裁判所は、差戻前の審級が経験則違反や審理不尽とされた判断の範囲内で、改めて証拠能力を判断することができる。 第1 事案の概要:被告人が捜査段階で行った自白調書に…
重要事実
被告人は巡査に対し小刀で突き刺す行為に及び、殺人罪等の容疑で起訴された。司法警察官等の訊問に対し、被告人は「突きどころが悪ければ死ぬかもしれないが、逃げられさえすれば相手は死んでも止むを得ないと決心した」旨を自白していた。しかし、第一・二審の公判廷において被告人は、当該自白は取調官の専恣な録取や強制に基づくものであると主張し、殺意を否認した。
あてはめ
自白の任意性については、公判廷で被告人が否認している事実以外に、取調官の専恣な録取や強制を認めるべき証拠や形跡が記録上一切存在しない。したがって、証拠能力を否定する理由はなく、適法な証拠として採用できる。次に殺意について、被告人は犯行時、突きどころが悪ければ相手が死ぬかもしれないと認識しており、かつ逃亡のためには相手が死んでも構わないと決心していたことが自白から明らかである。この「認容」の事実は、法的な殺意(未必の故意)を構成するのに十分である。
結論
本件自白には証拠能力が認められ、被告人には未必の故意による殺意が肯定されるため、殺人罪の成立を認めた原判決は相当である。
実務上の射程
自白の任意性争いにおける記録上の形跡の重要性を示す。また、未必の故意について「死んでも止むを得ない」という表現を用いた典型例であり、主観的態様の認定において参考となる。
事件番号: 昭和24(れ)1242 / 裁判年月日: 昭和24年11月12日 / 結論: 棄却
原判決が被告人の殺意の點を被告人に對する司法警察官の訊問調書中同人の自分がAに斬付けたときは、死ぬなら死んでもよいと思つた、犯行後急いで駐在所に行つたが其のとき傷が大きいから死んでしまつたかと思つた旨の供述記載によつて認めていることは所論の通りである。しかし法律が何人も自己に不利益な唯一證據が本人の自白である場合には有…
事件番号: 昭和58(あ)1400 / 裁判年月日: 昭和62年7月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】共犯者の自白調書の証拠能力について、その任意性に疑いがないと認められる場合には、憲法31条、38条に違反せず、証拠として採用することが認められる。 第1 事案の概要:被告人A、Bおよびその共犯者らによる刑事事件において、検察官側が共犯者らの各供述調書を証拠として提出した。これに対し弁護側は、当該供…
事件番号: 昭和46(あ)1036 / 裁判年月日: 昭和46年10月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】殺人の実行行為において、凶器の形状や攻撃部位等の客観的状況から死の結果発生の可能性を認識・認容していたといえる場合には、未必の殺意が認められる。 第1 事案の概要:被告人は、出刃包丁を所携した状態で被害者であるA巡査と対峙した。その際、被告人は当該出刃包丁を用い、人体における枢要部であるA巡査の胸…