裁判所が犯罪の動機、その經過及びその後における被告人の言動等諸般の状況に徴し犯行當時の被告人の精神状態について特に疑を挿むべき點を認めない場合には専門家による精神鑑定の方法によらずして犯行當時の被告人の精神状態を判斷してもそれを以て直ちに經驗則に反する違法があるということはできない。
精神状態の認定と經驗則
舊刑訴法第219條,舊刑訴法第337條
判旨
被告人の精神状態を判断するにあたり、犯罪の動機、経過、犯行前後の言動等の諸般の状況から、裁判所が特に疑いを生じないと判断した場合には、必ずしも専門家による鑑定を経ずとも経験則に反しない。
問題の所在(論点)
裁判所が専門家による精神鑑定を経ることなく、被告人の責任能力(心神喪失または心神耗弱の存否)を判断することは、経験則に反し違法となるか。
規範
責任能力の有無(刑法39条)の判断において、裁判所が犯罪の動機、その経過及びその後における被告人の言動等、諸般の状況に徴して、犯行当時の被告人の精神状態について特に疑いを挿むべき点を認めない場合には、専門家による精神鑑定の方法によらずして判断することも許容される。
重要事実
被告人の父が麻痺性痴呆で死亡しており、被告人自身も犯行当時、心神喪失または精神障害の状態にあったと主張した。一審の病院長報告によれば父の病気は後天的な梅毒感染によるものであり、被告人の他の親族に精神病者は存在しなかった。弁護人は、近親者の病歴や戦傷・敗戦等の事情から精神鑑定を行うべきであると主張して上告した。
あてはめ
本件では、被告人の父の病気が後天的性質のものであることや、他の親族の状況が考慮された。たとえ近親者に精神病者がいたり、戦傷等の外部的要因があったとしても、犯行の動機や一連の経過、犯行後の言動を総合すれば、裁判所が精神状態に特段の疑問を抱かなかったことには合理性がある。したがって、鑑定を待たずに事実認定を行った原審の判断は、専権の範囲内であり経験則に反するものとはいえない。
結論
裁判所が諸般の状況から精神状態に疑いがないと認める限り、精神鑑定を経ずに責任能力を判断しても違法ではない。
実務上の射程
責任能力の判断は法律判断であり、裁判所の専権に属することを確認した初期の重要判例である。ただし、後の判例(最判昭58.12.13等)により、専門家による鑑定結果は十分に尊重されるべきとされており、本判決の法理を用いる際も「特段の疑いがない場合」に限定して論じる必要がある。
事件番号: 昭和23(れ)272 / 裁判年月日: 昭和24年5月7日 / 結論: 棄却
裁判所が被告人の公廷における陳述並に陳述の態度、訴訟記録その他辯論の全趣旨から被告人に精神の異状がないと確信した以上、たとえ被告人に梅毒の症状があり、又被告人の血族の一人に狂人があつたからと云つて、被告人の精神鑑定をしなければならないと云うことはない。