裁判所が被告人の公廷における陳述並に陳述の態度、訴訟記録その他辯論の全趣旨から被告人に精神の異状がないと確信した以上、たとえ被告人に梅毒の症状があり、又被告人の血族の一人に狂人があつたからと云つて、被告人の精神鑑定をしなければならないと云うことはない。
被告人に梅毒の症状があり血族の一人に狂人がある場合と精神鑑定の要否
舊刑訴法219條,舊刑訴法337條,舊刑訴法336條
判旨
裁判所は、諸般の事情により被告人に精神の異状がないと確信した場合には、精神鑑定を行う必要はない。心神喪失等の主張に対し、公判廷での言動や供述の一貫性から精神状態を判断し、鑑定請求を却下することは、裁量権の範囲内であり審理不尽には当たらない。
問題の所在(論点)
刑事訴訟において、被告人に精神障害を疑わせる一定の事情(梅毒罹患や親族の精神病歴)がある場合、裁判所は必ず精神鑑定を実施しなければならないか。精神鑑定を行わずに被告人の責任能力を判断することが審理不尽(証拠調べの裁量逸脱)に当たるか。
規範
事実裁判所は、法令に別段の規定がある場合を除き、良識に従い公正妥当な合理的判断に基づき、自由に証拠調べの限度を定めることができる。被告人の精神状態についても、公廷における陳述・態度、訴訟記録、弁論の全趣旨から精神に異状がないと確信した以上、必ずしも鑑定を行う義務はなく、鑑定申請を却下して精神状態を判断することは、その裁量の範囲内として許容される。
重要事実
被告人が心神耗弱を主張し、精神鑑定を申請した事案。被告人には梅毒の症状(陽性または弱陽性)があり、祖母が67歳頃に発狂した事実があった。しかし、原審は鑑定申請を却下し、被告人の公廷での言動等に基づき心神耗弱の状態にはないと判断したため、被告人側が審理不尽を理由に上告した。
あてはめ
まず、被告人の梅毒症状は著しく進行したものではなく、祖母の発狂も老齢期のものであり遺伝的影響を直ちに断定できない。また、警察から原審に至るまでの被告人の供述は一貫して筋道が通っており、犯罪当時の行動や動機に精神の異状を疑わせる点がない。さらに、原審は被告人や証人に対し、梅毒の症状や祖母の病状、自覚症状について質問を行い、精神状態に十分な注意を払っている。これらの諸般の事情を総合すれば、裁判所が精神鑑定を不要と判断したことは合理的であり、恣意的なものとは認められない。
結論
被告人の精神鑑定を行う必要はなく、精神鑑定の申請を却下して責任能力を肯定した原審の判断に、審理不尽や公正を逸した違法はない。
実務上の射程
裁判所の証拠調べに関する裁量権を認める一般論として活用できる。特に精神鑑定の要否については、医学的・客観的データ(病歴等)だけでなく、供述の論理的一貫性や法廷での態度といった訴訟記録上の事情を総合して判断できるとする実務上の指針を示すものである。
事件番号: 昭和23(れ)486 / 裁判年月日: 昭和24年2月1日 / 結論: 棄却
一 被告人の犯行前後の行動に特殊異常の點があり且その近親者に精神病者がある等その精神に異常の伏在する疑が濃厚であるときには、その異常がどの程度であるか普通人の知識を以て容易に知ることができる場合を除いて、裁判所は専門家にその鑑定を命じ、その結果に徴して被告人の精神状態を判斷しなければならないが、被告人にその疑がないとき…